日本社会におけるMaaS。その未来を探る

2019年9月25日 11:34 Vol.69
   
日高洋祐
MaaS Tech Japan代表取締役
Yosuke Hidaka
2005年、鉄道会社に入社。ICTを活用したスマートフォンアプリの開発や公共交通連携プロジェクト、モビリティ戦略策定などの業務に従事。14年、東京大学大学院学際情報学府博士課程において、日本版MaaSの社会実装に向けて国内外で調査や実証実験を行い、提言をまとめる。現在はMaaSTechJapanを立ち上げ、MaaSプラットフォーム事業などを手がける。国内外のMaaSプレーヤーと積極的に交流し、日本で価値あるMaaSの実現を目指す。共著に『MaaS〜モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』(2018年)。
   
中村文彦
横浜国立大学副学長
Fumihiko Nakamura
横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院教授。1962年新潟市生まれ。東京大学工学部都市工学科卒業、同大学院修士課程修了。工学博士。東京大学助手、アジア工科大学院助教授、横浜国立大学助教授を経て、2004年より教授、11年より現職。都市交通計画、交通施設計画、開発途上国の都市計画などが専門。主な著書に『都市計画〜根底から見なおし新たな挑戦へ』(共著/学芸出版社/2011年)、『バスがまちを変えていく〜BRTの導入計画作法(』共著/計量計画研究所/2016年)、『都市交通のモビリティ・デザイン〜まちづくりと公共交通を中心に』(サン・ネット/2017年)など。
   
牧村和彦
計量計画研究所理事・研究本部企画戦略部長
Kazuhiko Makimura
1990年、一般財団法人計量計画研究所(IBS)入所。モビリティ・デザイナー。東京大学博士(工学)、南山大学非常勤講師。都市・交通のシンクタンクに従事し、将来の交通社会を描くスペシャリストとして活動。主な共著に『バスがまちを変えていく〜BRTの導入計画作法(』計量計画研究所/2016年)、『交通まちづくり〜地方都市からの挑戦』(鹿島出版会/2015年)、『2050年〜自動車はこうなる』(自動車技術会/2017年)など多数。

自動車・鉄道業界をはじめ、幅広い分野でトライアルを重ねる日本のMaaS。この海外発祥の新サービスは今後、日本でどのように進化し、グローバル市場でもポジションを確立できるのか。その未来を探るべく、話題の書『MaaS〜モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』の著者、日高洋祐氏と牧村和彦氏、そして都市交通学の第一人者の中村文彦氏の3名が会同。各専門の知見から、意見を交わしていただいた。

   
MaaS Tech Japan代表取締役 日高洋祐 
横浜国立大学副学長 中村文彦 
計量計画研究所理事・研究本部企画戦略部長 牧村和彦
 
 
 
 

MaaSをどう捉えるか

― 近年、MaaSに高い関心が集まっています。「Mobility as a Service」とは、具体的にはどのようなもので、どう捉えたらよいのでしょう。

牧村 元々はフィンランドで、自家用車増加の弊害に対処しようと考えられたサービスです。移動しようとする利用者に、市内公共交通だけではなく、タクシーやレンタカー、自転車シェアリングを含む、あらゆる交通機関をシームレスに組み合わせた最適なパッケージを提供し、支払いも月額制やモバイルアプリでの一括払いとして、マイカーを超える利便性を目指すものです。

日高 MaaSが注目を集めているのは、一つには「モノとしての自動車を所有する代わりに、より根源的な“移動”というサービスを購入する」という概念が画期的で、またこのような概念をもとにしたサービスやシステムの誕生は、ディスラプティブ(破壊的)な印象があるためでしょうね。もう一つは関連する産業が幅広く、モバイルアプリで利用される前提なので、IT企業や通信事業者など、これまで交通事業と直接関係がなかった業界も関わっている点。自動車メーカーにとっても他人事ではありません。

牧村 日高さんがおっしゃるとおり、日本の基幹産業である自動車業界はMaaSに強い危機感を抱いています。MaaSは自動車シェアリングの側面もあって、これが普及することで自分では運転しない人の生活が快適になったり、都市空間の有効利用が進むことが期待されています。一方で「ここまで便利になれば、もう自家用車はいらない」ということにもなりかねないわけです。

中村 2000年頃から自動車、自転車のシェアリングビジネスが世界的に広がってきていますね。

牧村 それらのビジネスを、Uber(ウーバー)やDiDi(滴滴出行)など、アメリカ、中国のIT企業が引っ張ってきた。日本はこの動きに全くついていけていない。加えて自動運転がかなり早く実用化されそうで、それも同じようにウェイモや百度など、米中のIT企業がリードしている。自動車産業は今が100年に1度の変革期といわれていて、日本ではそれをビジネスチャンスと見る以上に、「本当にそうなったら大変だ」と恐れている企業が多いのです。日本の場合、かつてはお家芸だったテレビや半導体、太陽電池などで、後発の外国企業に席巻されてしまった苦い経験がありますから。自動車分野では既に5年以上前から、テスラ、BYD(比亜迪)などIT系の企業がEV(電気自動車)の生産に参入し、圧倒的なシェアを奪っています。それに加え、自動運転やMaaSの普及でマイカーが過去のものとなる可能性が出てきた。「今度は自動車が危ない。これはまずい」という感覚が、自動車産業にはもちろん、それ以外の日本人にもあるんですね。

中村 ただ実際にMaaSに取り組んでいる人の話を聞いてみると、「別にこれまでと同じじゃないか」という印象を持つケースもあります。異なる交通機関を組み合わせてルートを検索するアプリなら昔からあるし、Googleの地図でも検索できる。それにちょっと手を加えたぐらいで「MaaSだ」と言っているケースが多い。戦国時代に例えると徳川家康は出ていなくて、織田信長が出たか出ないかぐらいでしょう。

地域の交通問題を真剣に考えている人たちは、「金儲け目当てのハゲタカのような連中が大挙してやってきて、引っかき回したあげくに『儲からないからやめた』なんていうことになるんじゃないか」と心配していますよ。このように、今はまだ黎明期といえます。

 
 
 
 

都市問題とMaaS

― MaaSはスマートシティ構想とも関わっているということですが。

牧村 内閣官房が事務局になっている「未来投資会議」という産官協議会でも、「次世代モビリティ」と「スマートシティ」はセットで重点分野とされています。私はこの会議で「スマートシティの新潮流」と題して、先ほどのフィンランドのMaaS、アメリカのスマートシティチャレンジなどを紹介しました。スマートシティチャレンジは、全米の諸都市がIT技術による都市課題の解決事例を発表するコンテストです。優勝したオハイオ州のコロンバスでは、市内の公共交通の支払いシステムと経路検索を一体化したMaaSアプリを作り、それを医療機関の予約サービスとも統合して、医療機関利用者の利便性を向上させる施策を提案しています。

Googleを傘下に持つアルファベットも、カナダのトロントで独自のスマートシティ構想を進めています。「サイドウォーク・ラボ」というアルファベットのグループ企業が、トロント市との間でウォーターフロントの再開発を受託したんです。地区内では自動車より歩行者や自転車を優先し、それを補うために自動運転技術を開発しているウェイモと協力して、自動運転のタクシーやバスが地区内を巡回する構想と聞きます。

― 便利になるのは嬉しいですが、IT企業が中心になって進めていると聞くと、安全面などで「ちょっと怖いな」という気持ちになりますね。

牧村 地区内のあらゆる場所にカメラとセンサーを設置して情報収集し、そのデータを使って市民、企業、来訪者の満足度を高めていくというコンセプトなので、確かにトロント市民の間でも、「Googleの情報収集のために利用されるのは嫌だ」という反発の声があるようです。

日高 誤解を招かないように説明しておくと、利用者のデータを集めることは、ビジネスのためと見られがちですが、一方でサービスの使い勝手を向上させていくことや、運用の最適化のために欠かせないものなんです。サービスを作ったとき、データを集めたときがゴールではありません。GoogleもAmazonも、自社のサービスがどのような人に、どういう形で使われているのか、もし使われていないとしたらその理由はどこにあるのか。利用データを集めてそれを分析して、サービスを利用者にとってよりよい形に改良していくことを休みなく続けています。MaaSの場合も「晴れたときの使われ方はこうだったが、雨が降ったらこうだった」というように、サービス提供開始後に、実際の使われ方を検証して、利用者にとって最適化していかなければならない。この改善作業に終わりはなく、むしろそうしたフィードバックと改善の輪が「回る」ようになって初めて、サービスを持続的に提供していく体制が整ったといえます。

中村 便利になりたいのなら、そのための情報はディスクローズしていかないと。ただ個人レベルの情報については、出すかどうかは本人が選択できるようにすべきと思います。

中国では国家政策としてスマートシティ建設を進めているし、東南アジアでもフィリピンやベトナムが続々と建設を表明していて、アジア開発銀行などには融資を受けようとたくさん企画書が出されています。ただその構想というのが、今風の高層ビルの間をピカピカの電車が走っているという程度の、実にさえない絵なんです。

日本でも有名な中国の「雄安新区」は、北京郊外に建設されるスマートシティですが、以前は何もなかったところです。カナダのトロントのように歴史も文化もある街の課題を解決していこうという、本来のスマートシティの発想とは全然違う。提案を伺っていると、全く何もないところに人工的で異質な都市を造るように感じました。

牧村 都市問題についていえば昔、「日本人はうさぎ小屋に住むワーカホリック」なんていわれていた。最近は聞かなくなりましたが、では家が広くなったのかというと、そんなことはない。そこから脱却するためにも、モビリティの問題を解決することが必要です。

現在の都市は自家用車での利用を前提に道幅や駐車場の面積が決められていますが、MaaSが普及すればそれも見直されるでしょう。多数の駐車場や広い幅員の道路が必要なければ、スペースに余裕が生まれ、1人当たりの居住空間も大きくできます。今の日本の都会には緑地も少ないし広場もありませんが、MaaSでマイカーに頼る必要がなくなれば、よりコンパクトで環境に優しい、中心街に人が集まってくるような街が生まれるのではないでしょうか。MaaSで街がスマートになるとともに、生活の質が上がっていくことを期待したいですね。

 
 
 
 

行政と企業の対応

― 鉄道など伝統的な交通事業者は、MaaSにどう対応しているのでしょうか。

中村 企業によって差は大きいですが、JR東日本や小田急電鉄は前向きです。東急電鉄なども、元々、都市開発に関心が深いですから、MaaSには熱心ですね。

一方では電子化されたデータがあってのMaaSなのに、データは全部、紙に書かれたままという会社もあります。お盆や正月は特別ダイヤで運行しているバス会社がありますが、少し前まで、特別ダイヤがホームページのどこにも載っていなくて、バス停に行かないとわからないということもあった。ただ、以前と比べれば、猛烈な勢いで変わりつつあるとはいえます。

政府も「電子申請を進める」なんて言っていますが、行政の現場は世の中のIT化に追いついていませんね。多くの都市で路線バスのバス停の位置なども全く電子化されたデータがなく、涙ぐましい努力でようやく最近になって整いつつあるという段階です。

― 東急電鉄が伊豆で「Izuko」というMaaSのプロジェクトを実施していますね。

中村 「観光型MaaS実証実験」ですね。スマホアプリで伊豆エリアの移動ルートを検索すると、バスや鉄道、レンタカー、レンタサイクルなどの移動手段を表示。「デジタルフリーパス」を買うことで、スマホ画面を見せるだけで電車やバスに乗れるようになったり、画面からレンタカーやレンタサイクルの予約と支払いができるということを目指しています。

日高 私も体験しましたが、さまざまな情報を統合し、とても便利なものになっていくと感じました。ただ、現状で完成とみなして良し悪しを判断するのではなく、こうした実験を通して、気づいた課題を解決することでサービスの質を高めて、普及につなげていく。そこにこそ価値があるかと思いますので、今後のさらなる進化にも期待しています。

中村 日本人はそうした実験に対しても、すぐに「成功」「失敗」とレッテルを貼りがちです。大事なのは日高さんがおっしゃるように、そこで課題を見つけて次に活かすこと。実験では課題がたくさん見つかるほどいい。伊豆はIzukoの実験が始まるまではIC乗車券も使えなくて、完全な現金文化、切符文化だった地域なので、MaaSもまだこれからでしょう。

フィンランドでMaaSが生まれたのも、人々がマイカーに依存するようになったことで起きた慢性的な交通渋滞、駐車場の不足、環境問題などといった課題を解決するためでした。世界のどこでも、それぞれの地域にそれぞれの課題があるわけです。伊豆でいえば、道路をなかなか造ってもらえない中で観光客が増え、135号線が渋滞して地域の人の生活に悪影響が出ているとか、かといって観光客は収入源なので来てくれないと困るとか、自分が所有する別荘地の土地の値段が下がるのは困るが、よそから人が入ってきて騒がしくなるのも嫌だ、とか。MaaSで大事なのも、それを使って地域の課題に対処していくことでしょう。

   
日高洋祐氏、牧村和彦氏、井上岳一氏、井上佳三氏による共著『MaaS~モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』(日経BP社/2018年)。本書は、MaaSを国家的な産業政策としての「交通」の役割と、プラットフォームビジネスとしての側面の両側から解説。さらには、交通産業の今後のアクション・プラン、そして、他産業とMaaSの融合における新たなビジネスチャンスについても言及する。
 
 
 
 

日本版MaaSの課題と可能性

― 世界の“MaaS導入先進国”と比べ、日本の問題点は何でしょうか。

牧村 一番は市民を巻き込んだ計画の作り方でしょうね。欧米はそこがしっかりしています。カナダで私が見た例でも、プロジェクトのビジョンを官民で共有するために、必ず市民をメンバーに入れておくんです。プロジェクト内容はオープンハウスのように内部まで公開して誰でも見られるようになっているし、公聴会も頻繁に開いて、いろいろな人から意見を聞く。だいたい2~3年は官民で意見のキャッチボールをやっていますね。そうすることで産業界の意見も入ってくるわけです。日本だと民間人が官のプロジェクトの内容を知ろうと思ったら、役所に行って聞かなければならない。

日高 僕はしばらく前にフィンランドのヘルシンキに行ってきたんですが、現地で話を聞いて、あそこでMaaSが生まれたのには、幾つか背景があると感じました。まずフィンランドには自動車産業がないので、マイカー文化をなくすことにためらいがない。それと産官学の交流が盛んです。大臣の片腕といわれた人が、自分たちが管轄していた業界の企業に転身したりしている。日本でもMaaSのような行政と企業の両方が関わるプロジェクトを進めていくには、官と民でディスカッションしたり、人材交流を進めていくことがポイントではないかと感じます。

中村 私が代表を務める産学官から成るMaaS推進団体「JCoMaaS(ジェイコマース)」も、そういう場を目指しています。いわゆる“MaaSバブル”でいろいろな人がやってくるので、それぞれの人をつなぎつつ、現場的人材を育成していこうと。大学も教育機関ではありますが、若い人が官民合同のプロジェクトを通じて育っていくという形もありだと思います。旧態依然のプランニングの仕組みを見直して官民が協同し、市民の反応を見ながら柔軟に変えていける可動式にすることが、プロジェクト自体のドライビングフォースにもなってくるはずです。

― 民間側の連携はどうですか。

中村 交通業界では鉄道会社は鉄道会社同士、バス会社はバス会社同士で、縄張りがあって利権争いのようになっています。ただ日本ではそれぞれの路線は別の企業が運営していても、お互いが路線をつなげ合ってトータルな交通ネットワークを作っている。例えば、多くの人々が通勤に使っている鉄道と地下鉄が直通している、といった連携を行っている例は、国際的に見て少ないと思います。

― 日本の鉄道会社は列車だけでなくバスの運行もしているし、沿線に住宅地を開発したり、百貨店やショッピングセンターを造って経営したりと、トータルなサービスを提供していますよね。

牧村 確かに1つの資本の下で面的な事業展開をしていますね。ただ現実には同じ持株会社の傘下にあってもそれぞれの会社の考えは別で、協調しているように見える鉄道とバスでさえ、実際はそれぞれが自社の利益に沿って経営判断している。ましてやタクシー会社は考えも違います。

日高 だからこそ、その中にあって協調領域としての役割を目指すJCoMaaSの取り組みは重要であると思っています。MaaSでやらなければいけないことは複雑で、多額の資金もかかる。Google社のように巨大な資本のあるプラットフォーム企業なら単独でやれるかもしれませんが、普通の会社では無理です。資金面だけでなく、必要なノウハウを持った人材が1社では揃いません。JCoMaaSのほかにも、小田急電鉄の「MaaS Japan」構想も協調領域を意識されていて、課題感は同じだと思っています。

また企業同士が連携していくには利用者のデータを互いに共有することが必要です。JCoMaaSのような第三者的立場の組織がデータをまとめる方式を整理し、多様な企業がそれを共有する仕組みを作ることで、1社単独では絶対できなかった新しいサービスが生まれてくるし、そこにMaaSの意味もあります。1社でレベル0から10まで行くのは無理でも、協調領域で0から5まで楽にみんなで上がり、その後は健全な競争領域で10を目指してそれぞれが単独で上がっていくという形をとれば、全社がより高いレベルまで到達できる。海外の事例を見ても、協会のような組織が基礎を整備して、各社はそことつながって、その基盤の上に独自の付加価値を乗せていくという形になっています。

中村 我々は5までで終わりじゃなく、6か7までは助けますよ。

牧村 ヨーロッパのMaaSは交通に特化していますが、日本の場合はMaaSといっても、IT系から通信、流通、金融、不動産まで多種多様な業態が加わっている。それが日本のMaaSの特徴といえるかもしれません。その意味でMaaS先進国にはない新しいサービスが日本で生まれる可能性はあります。「Beyond MaaS(マースを超える)」のためのアセットはあるということです。

日高 ポイントは「適切な情報の共有」なんです。例えば消費電力の変化を自動で記録して電力会社にデータとして送信する、スマートメーターという電力計があります。電力の使用量は留守と在宅のときでは全く違うので、ある時間に電力消費が跳ね上がったとすると、その家の人が帰宅したとわかるわけです。このデータを、もし宅配業者と共有することができれば、今のように留守の時間に荷物を届けようとして無駄足を踏むことがなくなる。これは実際に実験されていて、再配達率が下がることがわかっています。今のように運転手不足の中で配達数が増えている状況では、社会的に大きなメリットがある情報共有でしょう。ただ一方で「家を留守にしているという情報を共有されてしまうのは嫌だ」という人もいます。

中村 空き巣に入られるかもしれませんし。

日高 そうですね。配送効率よりも、プライバシーや安全な生活のほうが重要であることは変わりありません。ただし、その部分が解消されれば、大きな効果があります。携帯電話がスマートフォンに変わるとき、「別に今までの携帯でいい」と言っていた人でも、今ではスマホが手放せない存在になっているように、いったん人々がMaaSやスマートシティの便利さに慣れたら、それがなくてはならないものになるのでは、とも感じます。そのためにはスマホと同じで、まずは作ってみて、体験してもらうこと。そこに参画するプレーヤーとしては、利用者目線でどこまで社会に実装される仕組みを考え抜けるかが重要です。

 
 
 
 

求められるサービス化時代への対応

― MaaSが生まれたきっかけは都市課題の解決のためだったということですが、東南アジアの大都市などでも、渋滞は大きな問題になっていますね。

牧村 東南アジアのある国では「日本の車のせいで渋滞が起きている」と怒られるんです。その国では圧倒的に日本車のシェアが高く、「日本は車が欲しいという我が国民の欲望につけこんで売るだけ売って、その結果ひどい渋滞が起きても、責任を取ろうとしない」ということになるわけです。

中村 自動車が増えると問題になるのが、渋滞、環境破壊、交通事故です。このうち環境対策、安全対策については、日本の自動車メーカーはかなり頑張っていると思いますよ。ただ渋滞の解消は簡単にはいきません。

大都市の渋滞を解消するには、足りない道路を造ることと、車を使わないでも移動できるように公共交通を整備すること、その両方を進めないといけない。しかし道路の整備も、移動インフラとしての鉄道ネットワークを整備していくことも、一朝一夕にはいきません。

東京の場合、東南アジアの大都市ほどひどい状態になっていないのは、まだモータリゼーションが起きる以前、明治時代から鉄道路線が整備されてきた歴史があるからです。

― 日本のノウハウをMaaSの形で輸出することはできませんか。

中村 そう簡単にはいかないでしょうね。例えば、タイ近郊の都市鉄道の「パープルライン」で日本企業が初めて車両を納入したと話題になりました。しかし、バンコクの都市鉄道では、車両と運行システムはドイツ企業が手掛けている。そこでの改札処理は遅くて行列ができてしまっているのですが、まだ日本製の改札機は導入されていないのが現状です。

牧村 発展途上国では都市鉄道は未発達で、運行のノウハウもない。鉄道の設備や車両を買ってもらおうと思ったら、運行ノウハウまで含めてセットで提供しなくてはいけない。今のところ日本はそこがうまくできていません。

日高 日本企業の問題点は、「作って、売って、終わり」という考えになっていること。それが「モノはいいがソフトはだめ」という弱点にもなっているし、今のサブスクリプションモデルへの移行期に脱落してしまう原因にもなっています。

新サービスにかけられる予算が2億円あるというとき、日本企業はそれを全部使ってサービス開始の時点でバグをなくし、完璧を目指そうとする。でも世界では、とりあえず2億円のうち2,000万円でサービスを作ってスタート。残りの1億8,000万円は、利用者の声やデータを使って改良していくことに使うという方式です。

例えば自動車にしても、日本車は作って売って終わりで、システムの更新は全く行われていないケースが多いように感じます。これがテスラだとスマホアプリ並みに、毎週のようにシステムをアップデートしています。すると当然使い勝手が変わり、それについて利用者の評判がよければそのまま活かし、悪かったらやめる。ユーザーの車の使い方を車内のセンサーを使ってデータ化し、オンラインでフィードバック。それをもとに車の改良を続けます。彼らはユーザーの窓の開け方からトランクの閉め方まで、日本の車メーカーが気づかないデータを大量に持っていますよ。

彼らは同じやり方で、国ごと、ユーザーのセグメントごとにシステムのカスタマイズが可能です。アメリカと日本では交通事情やユーザーの好みも違うので、アメリカで受け入れられたサービスが日本でも受け入れられるとは限らない。でもこのやり方であれば、どの国に進出したとしても相手国の事情に合わせて製品を最適化できる。

逆にそれをせずに、日本なら日本のやり方を他の国のユーザーにも押し付けようとすれば、当然受け入れられない。今の時代、製品もサービスも売ってからが勝負で、ユーザーと一緒に改善していくものなんです。

MaaSにしても、地域の交通事情が変わったり、人口が変わったり、いろいろな変動要因がある。それを利用データから探り出してサービスに反映し、常にアップデートを続けなければならない。サービス開始時点の完成度がいかに高いかを競うより、それをベースに最終的にどこまで行けるかが大事なんです。

中村 確かに、そういう感覚を身につけることが、今の日本の課題だと思います。「フィードバックと改善の輪を回す」ということについて、きちんと理解してもらう必要があるのではないかな。

牧村 実は日本でそれをやったのがコンビニだと思っています。最初はただ長時間営業している小売りチェーンだったのが、POSデータを使って利用者の行動を分析し、仮説を立てて次々と新商品、新サービスを生み出していった。そうなるとみんな新しい体験を求めて集まってくる。そのような進化の方式が、海外にも広まったわけです。

― MaaSでも永続的にアップデートしていくことが、競争優位なサービスを生むということですね。ありがとうございました。

特集記事
特集記事