「定額乗り放題」サービスは駅商業施設での消費を変えるのか

2019年9月25日 11:34 Vol.69
   
加藤 肇
産業能率大学経営学部教授
Hajime Kato
エキナカ・駅ビルなど移動の動線上に位置する商業施設特有の消費に注目。その固有性を行動と心理の両面から解き明かすと同時に、攻略法である移動者マーケティングを考案。現在は、人口減少下での鉄道沿線の活性化を マーケティングの視点から考察している。日本マーケティング学会、日本広告学会に所属。元(株)ジェイアール東日本企画駅消費研究センター長。主な著書に『移動者マーケティング』(日経BP社コンサルティング/2012年)など。

はじめに

筆者は、これまで交通結節点、中でもエキナカ・駅ビルに関する研究に注力してきた。本論考は、移動拠点に立地する駅商業施設の消費と心理を基点にMaaSの進化がそれをどう変えるのかを読み解き、今後の施設運営に生かそうとする試みである。MaaSオペレータが提供する「定額乗り放題」サービスの都市における実現を想定して考察しているので、あらかじめご了承いただきたい。

はじめに、駅商業施設が近年どのように発展したかを振り返る。その上で、駅ならではの消費行動と心理について解説し、駅商業施設は都市生活者にどんな価値を提供しているのかを述べたいと思う。ここまでがMaaS以前ということになるが、普及後を占う試金石になると考えられよう。

後半では、この5月から6月にかけて(株)ジェイアール東日本企画と行った実験結果をもとに、MaaSが日常の消費行動にどんな影響を与えるのか、行動範囲・頻度・行動の計画性・消費金額・店舗選択・外部刺激の影響度など、さまざまな視点から検討する。そして最後に、駅商業施設の今後の方向性とそこに介在するMaaSへの期待を述べたいと思う。

本論考は、あくまで現時点で実施可能な実験に基づく推測であり、実際との齟齬が生じる可能性は避けられない。その点を十分にご理解の上、参考にしていただければ幸いである。

 
 
 
 

駅商業施設の歴史

1.民営化後のJRの躍進

近年、急激に発展した駅商業施設だが、進化のきっかけとなるのが1987年に行われた国鉄の民営化である。厳しい経営環境下で民営化した旧国鉄。その後、JR各社は新たな収益の確保に向けて攻めの経営にシフトしていく。1997年、JR東日本は山手線の恵比寿駅をそれまでとは全く異なるコンセプトで開発。駅の敷地の空きスペースに駅ビルを建てる従来の方法とは異なり、商業施設をメインにその内部に駅を設置するという“駅一体型”の駅ビル「アトレ恵比寿」を誕生させている。JR東日本はその3年後に「“通過する駅”から“集う駅”へ」というスローガンを掲げ、ここから急速に駅の改革を推し進めていく。

2005年には、「ecute」の名で親しまれている世界初のエキナカ(1)が大宮、品川の両駅に誕生し、わざわざ切符を購入して利用する客が現れ、話題になった。翌年には東京駅を“TOKYO STATION CITY”と位置づけ「東京駅が街になる」という宣言を行い、2007年には地下1階に「GRANSTA」を誕生させている。その後2012年には駅舎を復原し、さらに2013年には八重洲口に南北をつなぐ「GRANROOF」を開業している。

JR西日本も、2011年には大阪駅の建て替えを完了し“OSAKA STATION CITY”として新しくスタートを切っているが、民営化後の活発な取り組みがよく理解できよう。

2.私鉄各社も積極展開

私鉄各社も同時期に駅の改良に尽力している。東急電鉄は、2010年、横浜市郊外のたまプラーザに駅直結のショッピングセンターを開業し、2012年には渋谷に「渋谷ヒカリエ」を誕生させている。また、小田急電鉄も2006年、東京郊外の高級住宅地にある成城学園前に「成城コルティ」を開業。京王電鉄も2014年に「キラリナ京王吉祥寺」をスタートさせている。ほかにも挙げればきりがないが、この時期、私鉄各社も“駅一体型”の商業施設開発に注力したことが理解できよう。

さて、21世紀を迎えるころから急激に発展した駅商業施設であるが、現在はTOD(2)と呼ばれる“駅まち一体型”の開発が活発化しつつある。先鞭をつけたのが東急電鉄で2011年に開業した東京都世田谷区二子玉川の「二子玉川ライズ」は郊外にありながら、オフィスやエンターテインメント施設、住宅に加えて大型のショッピングセンターが共存している。JR東日本も大型の複合開発を推進している。2024年には山手線の新駅「高輪ゲートウェイ」の本開業とともに新しい街の誕生を計画しているが、どんな街が生まれるか今から楽しみである。

3.社会変化が躍進を後押し

ここまで駅商業施設の歴史を見てきたが、このような発展の背景には大きな社会の変化があることを補足しておきたい。[図表1]は女性の就業率を示したものである。以前はM字曲線と呼ばれることが一般的だったが、現在は“M”のカタチが崩れ台形になっている。子育て世代の女性の社会進出が活発化していることがわかる。同様に[図表2]をご覧いただきたい。共働き夫婦世帯の割合の推移を示しているが、近年は一貫して右肩上がりの状況だ。まさに、女性の社会進出と国鉄民営化後の駅商業施設の発展のタイミングが一致している。女性層の通勤が拡大していく中で駅商業施設は急成長したといえよう。MaaSを考察するにあたって、駅における商業施設の発展の歴史を概観したが、私たちの移動動線上には既にこれだけ充実した商業施設が存在している。この現実を再確認いただければ幸いである。次項では、このような駅商業施設での消費に関して特有の消費行動と心理を解説し、消費者視点からMaaSを占う足場づくりを進めたい。

   
[図表1]女性の年齢別就業率の変化
   
[図表2]夫婦と子の世帯に占める、共働き夫婦世帯の割合
 
 
 
 

駅ならではの消費行動と心理

1.ビジュアル刺激法でインサイト探索

長らく駅商業施設の研究に携わっている中で、移動する生活者はなぜ駅で思わず買ってしまうのかという疑問を持っていた。一般的なアンケートでは、「なぜ駅で買うのか」と質問すると、大半の被験者は「便利だから」という回答だ。しかしそれは、店舗選択の理由ではあるが購買動機ではない。そこで実施したのがビジュアル刺激法(3)による駅消費インサイト調査(4)である。本人もしっかりとは意識していない深層心理を、イメージ写真を刺激物に探る方法で投影法の一種と考えられる。調査からわかった駅ならではの行動と、思わず買ってしまう心理を以下に紹介する。

A:「気持ちスイッチ」のための消費

会社の行き帰りに、とりたててコーヒーが飲みたいわけでもないのに駅のカフェに立ち寄ったり、本を買いたいわけではないのに思わず本屋に立ち寄ってしまうビジネスマンやOLが多く存在する。この行動の背景にあるのが“オンからオフへ(その逆もある)気持ちを切り替えたい”というインサイトである。40代の男性会社員はインタビューの中で「駅で、溜まったため息を全部吐き出して、話したくないことを家に持ち込まずに帰りたい」と発言している。駅のカフェでのサービス消費が気持ちを切り替える、リセットするきっかけになっている面白い例である。

B:「偶然の出会いを期待」する消費

特に目的があるわけではないのに、駅ビルやエキナカをなんとなくふらっと訪れて、何か面白いコトやモノはないかと物色する行動をよく目にする。独身OLや女子大生などに多い傾向がある。この消費行動の背後にあるのが“思ってもみなかった良いモノ・コトと出合いたい”“偶然の素敵な出会いが欲しい”というインサイトである。20代の独身OLは「駅で過ごすときは、計画をきちんと立てずに偶然を楽しむような気分になっている」と発言。同時に、「駅は非計画に来店、百貨店は計画的に来店する場」と相対化している。来店しやすい移動動線上の立地ゆえに生まれる、駅ならではのユニークなインサイトの例であると言えよう。

C:「自分へのご褒美」のための消費

今日は仕事や学業を頑張ったと感じた日の帰り道に、駅ビルやエキナカを訪れて、普段よりもちょっとだけ高価な銘柄(5)やスイーツなどを購入するという行動をビジネスマンやOL、女子学生などに見ることがある。この行動の背後にあるのが、“頑張った自分にご褒美をあげたい”というインサイトである。中でも金曜日は1週間頑張った自分へのご褒美としてちょっと高価な商品を買いたいという心理が強く働く傾向がある。この心理をうまく利用したのがサントリーのザ・プレミアム・モルツの「金曜日はプレモルの日」であると考えられる。

20代OLは「日常の中で小さな幸せを駅で感じたい。(頑張った日は)これくらいの贅沢はしてもいいだろうという気分になるが、あとはつつましやかに普通の暮らしをする」と発言している。会社や学校からの帰り道ならではのインサイトがちょっと高価な商品購入を後押しするというユニークな行動を表出させていることがよく理解できる。

駅に見る代表的な消費行動と心理を3つほど紹介したが、ほかにもさまざまなものがある。紙幅の関係から以上にとどめるが、移動の動線上にある駅商業施設には特有の行動と心理があることをご理解いただきたい。

2.定量調査からの発見

ここまで駅消費インサイト調査から導出した駅ならではの行動と心理をご紹介したが、定量的にアプローチした首都圏買い物調査(6)から発見した特有の消費行動についても2点だけ説明する。

[図表3]をご覧いただきたい。定期券保有者は、消費の8割弱を定期券の区間内にある商業施設で行う。つまり、自宅⇄自宅最寄り駅⇄会社最寄り駅⇄会社(または学校)、この動線上でほとんどの買い物をしているということである。平日はさらにこの傾向が高く、あらかじめ計画していた飲み会など、特別の事情がなければこの動線を外れることはない。詳細は後述するが、MaaSの発展はこの行動を大きく変えることになると考えられる。

次に駅商業施設の消費は、他の場所で行われる消費に比べて衝動性(非計画性)が高い傾向がある。[図表4]を確認いただきたい。エキナカ・駅ビルの買い物は、買い物全体に比較して、「その店を見たときに来店を決定した」「前の場所を出た後の移動中に来店を決定した」といったスコアが高く、百貨店などのように前日までに決定していた来店行動は少ない。先ほどのインタビューで「駅で過ごすときは、計画をきちんと立てずに偶然を楽しむような気分になっている」という発言を紹介したが、これを裏付ける結果となっている。

   
[図表3]定期券区間内消費率
   
[図表4]来店を決めたタイミング

3.駅商業施設の価値とは

ここまで、駅商業施設の発展の歴史と駅ならではの消費と心理を見てきた。時代の変化の中で女性の社会進出が活発化し、それに呼応するように駅商業施設が発展。移動する生活者の日常を支えている実態がご理解いただけたと思う。さて、駅商業施設は彼らにどんな価値を提供したのだろうか。もちろん、便利な買い物環境を提供したのは間違いない。移動の動線上に手軽に買い物ができる場所があることは、この上ないメリットである。しかし、それだけではない。私が考えるに、駅商業施設は日常の中に小さな“ハレ”(日常の中の非日常)を提供したのである。ストレス発散の機会やサードプレイスの提供を通じて都市生活者の明日への活力に貢献したのである。忙しい都市生活者には動線上に付加価値の高い商業施設がある意義は大きく、時間的な制約の中でのちょっとした解放感がクオリティ・オブ・ライフの向上に寄与していることがよく理解できる。

以上がMaaS以前ということになる。駅商業施設はなくてはならない存在になっているようだが、それは万全なのか。以下では、実験結果をもとにMaaSの発展によって生活者の行動はどう変化するか。さらなる生活価値向上に貢献するのか。また、駅商業施設はその影響を受けるのかについて考察したい。

 
 
 
 

MaaSで消費はどう変わるか

1.簡易な実験にチャレンジ

これまで見てきたように、鉄道会社の攻めの経営は駅商業ビジネスを大きく拡大させたのはもちろん、移動する生活者に多くの便益をもたらした。都市においては、既にとても利便性の高い環境が整っているが、このような状況下でMaaSは生活者の行動と消費にどんな変化を与えるのだろうか。この疑問への解を探るために、筆者はジェイアール東日本企画とともに簡易な実験を行った。この実験(7)では、スウェーデンのチャルマース工科大学の研究者が定めた4つの統合レベルにおけるレベル3の実現(8)を想定。MaaSオペレータが提供する「定額乗り放題」サービスが普及した状況と近似する環境を作り出した。そしてその時、生活者はどんな行動をとるのか、背景にはどんな心理が存在するかを探った。はじめにビジネスマン・OLを対象に「定額乗り放題」サービス普及後の行動と消費に関する意見を集約。続いて参加者の中から4人(男女各2人)を選定し、交通費として約1カ月間、自由に使える費用を提供し行動および消費行動の変化を記録した。その後、被験者との1対1のインタビューにより行動の詳細と心理を把握するという流れで実施した。以下では4人の被験者の行動変化とインタビュー結果について報告する。

◆被験者のプロフィール
❶女性20代/未婚
自宅最寄り駅「中板橋駅」〜会社最寄り駅「錦糸町駅」
❷女性30代/既婚(子どもなし)
自宅最寄り駅「大森駅」〜会社最寄り駅「秋葉原駅」
❸男性30代/既婚(子どもなし)
自宅最寄り駅「小竹向原駅」〜会社最寄り駅「東京テレポート駅」
❹男性40代/既婚(子どもあり)
自宅最寄り駅「西台駅」〜会社最寄り駅「大崎駅」
※被験者は都内在住、都内勤務を条件とした。

2.行動変化と心理の変化

今回の実験では事前に行ったインタビューやこれまでの知見を踏まえて、被験者の【行動範囲】【外出頻度】【行動の計画性】【行動(外出)パターン】【消費金額の増減】【店舗選択のポイント】【外部刺激の影響度】そして【被験者自身が感じた変化】について確認した。その結果を一覧にまとめたのが[図表5]である。それぞれの項目について解説を加える。

【行動範囲】
4人中3人が行動範囲の広がりを感じている。40代男性は、「これまではどうしても決まったエリア(通勤の動線上にある渋谷、新宿、池袋)に行くことが多かったが、吉祥寺など普段行かないエリアへも行くようになり、確実に範囲が広がった。これまで遠いと思っていたが実際、行ってみると以外に近く、東京23区は狭いと感じた」と述べている。

【外出頻度】
「やや」も含めれば、4人中3人が「増えた」と発言している。20代女性は、「これまでなら交通費を気にして誘いを断ることもあったが、気にせずちょっと行ってみようと前向きな気分になった」と述べている。また、30代女性は、「これまで交通費がネックとなって出かけるのを控えることがあったが、相対的に人と会う頻度が増え、生活の充実度が高まった」と回答している。

【行動の計画性】
40代男性のみ、「非計画な行動が増えた」と言っているが、残りの3人は「特に外出の際の計画性に変化はない」と回答している。40代男性においては、「特に一人で行動するときにその場の思いつきや“ノリ”で行動することが多かった気がする」と振り返っているが、その他の3人には変化は見られなかった。

【行動(外出)パターン】
4人中3人が、外出行動の平日へのシフトを実感していた。30代男性は、「行動に対するポジティブな感情が高まったことで、平日に済ませられることはしてしまおうという気持ちになった」と発言している。また、30代女性は、「時間が十分に取れない隙間時間も上手く活用するようになった。これまでだったらわざわざ行っても十分に楽しめないので止めようと意思決定していたが、交通費を気にしなくても大丈夫だし、とりあえず行こうという気持ちになった」と述べている。

【消費金額の増減】
「やや」を含めると全員が消費金額の増加を認めている。30代女性は、「そもそも飲み会の頻度が増えた」と発言。さらに、「交通費を気にせずに自分が本当に行きたい(おいしい、感じの良い)お店に行けるので、結果的に使うお金が増えてしまう(単価アップしてしまう)」と答えている。また、40代男性は、「交通費がかからないならまた行けばいいという気持ちから、よく吟味するようになった。買わない場合も増えたが、外出行動が多いので結果的に消費総額は増加した」と発言している。

【店舗選択のポイント】
全員が「変化あり」と断言している。20代女性は、「チェーン店ではなく個人経営の気に入ったお店をしっかりと選ぶようになった」と発言している。また、「少しぐらい遠くても気にせず、お店の内容やサービスの良さなどを重視して店舗の選択をするようになった」と言っている。同様に30代女性も、「駅から遠くても、値段が多少高くても、おいしいお店を選択する」と発言。20代女性と同様に「チェーン店から個人店への移行があった」と回答している。店舗選択に関しては、立地に起因する選択から店舗の内容重視への傾向がはっきりと見られたといえよう。

【外部刺激の影響度】
4人中2人は外部情報の影響度に「変化はない」と言っている。ただし、30代男性は、「そもそも情報探索が苦手で、その影響で変化がなかったのかもしれない」と振り返っている。また、30代女性はその逆で、「以前から情報探索は得意としていて、今回の実験による変化は感じない」と報告している。その一方で、40代男性は「変化があった」と発言。「情報を得ればすぐに行動に移すことができる環境下にあることから、情報への反応度が高まったのではないか」と自己分析している。

【被験者自身が感じた変化】
実験を通じて4人中4人が変化を実感していた。40代男性は、「交通費を気にしなくてよいため、モノを買うために下見をするようになった。興味あるモノ・コトへの反応が高まった」と話している。30代男性は、「強い興味がなくても出かけるようになった。外出行動への積極性が高まった」と発言している。30代女性は、「時間が限られていても出かけるようになった。リアル店舗はこれまで重い荷物を持ち運ぶのが嫌だったが、タクシー利用を前提で利用意向が高まった」と述べている。20代女性においては、「行動のみならず積極性が向上した。新しい発見が増えた。交友関係が広がった」と発言している。

今回、確認した項目において【行動の計画性】【外部刺激の影響度】に関しては大きな変化を感じられなかったが、【行動範囲】【外出頻度】【消費金額の増減】は拡大傾向を示した。また、【店舗選択のポイント】は立地重視から内容重視へ。被験者の感想からも行動や心理に変化が生まれた実感があることがうかがえる。

わずか4人ではあること、あくまで交通費の提供であってMaaSの実現ではないというご指摘を受けることは承知の上で実験を行ってみた。このチャレンジから幾つかの示唆が得られたと感じている。

   
[ 図 表 5 ]実 験 後 の イ ン タ ビ ュ ー ま と め

3.MaaSがもたらす影響

今回の実験結果をもとに、生活者視点から見たMaaSがもたらす影響を述べたいと思う。まず確認したいのが、現在の都市におけるモビリティ(移動可能性)の問題。確かに交通網は高度に発展していると思われるが、交通費の負担感やコストパフォーマンスへの不安(交通費をかけて行く価値があるのか)が強く、行動が大きく制約を受けていることが理解できる。「評判のレストランに行ってみたい」「流行のブランドショップを訪れたい」等々、態度レベルは形成されていたとしても実際の行動は定期券の区間内で済ませてしまったり(前述したデータからも理解できる)、行動を中止してしまうこともあるようだ。まさに態度と行動にギャップが存在していることがわかるが、実験ではこのギャップが解消することで行動範囲や外出頻度が拡大。店舗選択がよりニーズに忠実になることで消費金額は増大し、さらに交友関係や積極性の高まりが生活満足度を押し上げる結果となっていた。消費の活発化を促すMaaSの可能性が垣間見えたといえよう。

では、駅商業施設へはどんな影響が考えられるだろう。高い支持を受けている駅商業施設ではあるが、今後はさらなる進化が求められよう。限られた範囲内でのベターな選択という意味では駅商業施設の競争力は極めて高いが、行動範囲の制約が弱まれば競争相手は拡大する。MaaSは商業ビジネスの競争を大きく変えてしまう可能性がある。長い年月をかけて進化させてきた駅商業施設ではあるが、立地優位性の減少を補って余りある価値の向上が必要になるだろう。最終項では、駅商業ビジネスの今後の方向性と、そこに介在するMaaSへの期待を述べたいと思う。

 
 
 
 

駅商業施設の今後の方向性

最後に3点ほど駅商業施設へのアイデアを述べたいと思う。1点目は同質化への対応である。どうしても高い賃料を求めるショッピングセンターにおいては、強力なブランドを有するチェーン店の誘致に傾倒する傾向がある。しかし、インタビュー結果からもわかるようにMaaS普及後はチェーン店回避の傾向が高まる。これに対して駅商業施設は、地域に根ざした個人経営の人気店を相当の比率で導入していく必要があるだろう。賃料収入の減少等は懸念材料だが、個性ある店舗集積を通じた顧客獲得は必須である。また、同一沿線上の近距離エキナカ・駅ビルにおいては相互送客を促進するような差異性の高い館づくりが重要になる。地域商圏への最適化と沿線への最適化を両立させる計画が必要になるであろう。

2点目は、来店習慣を促進する仕組みづくりである。MaaSの普及はどうしても来店を分散させてしまう可能性がある。さまざまな店舗を試したいという顧客ニーズが存在する一方で、馴染みのお店を持ちたい。ほっと一息つける居場所が欲しいといった欲求も根強い。そこで、ぜひ実現したいのがMaaSオペレータによる「定額乗り放題」サービスに金額をオンすることで実現できるサブスクリプションモデルを活用した店舗サービスの実現だ。MaaSの可能性として他のサービスとの提携が挙げられるが、飲食店はもちろん、シェアオフィスやスポーツクラブ、リラクゼーションなど、エキナカ・駅ビル内のサービスとの連携が可能であろう。ぜひ実現していただきたい。

3点目は、顧客の交流を促進する勉強会やミニイベントなどの開催。運営サイドが一方的に提供するのではなく、顧客が主体的に実施するユーザー主導の展開や地元の団体や個人が実施する地域主導の展開など多様な方法が考えられる。インタビューからもわかるとおり、交流活動が生活満足を高めるきっかけになる。MaaSでフットワークが向上し手軽に足を延ばせる環境を有効活用しないという選択はあり得ないであろう。

動線上にある駅商業施設のポテンシャルは相対的に減少するにせよ、依然として強力である。館の魅力づくりはもちろん、MaaSで実現するフットワークの向上を駅商業施設の来店につなげる仕組みや仕掛けづくりがより重要になると思われる。ここまで、駅商業施設を対象としてMaaSを考察してきたが、その他のビジネスにとっても影響力は絶大である。多様なサービスとの提携・連携を通じた“生活者を幸せにするMaaS”の早期実現がとても待ち遠しいと感じた次第である。

〈注〉
(1)エキナカとは、開発当初、駅改札内にある店舗集積を示していたが、その後改札の内外を問わず駅構内にある店舗集積一般を示すようになっている。
(2)TODは、Transit Oriented Developmentの略。公共交通機関に基盤を置き、自動車に依存しない社会を目指した都市開発。
(3)㈱デコムが開発。写真を刺激物にデプスインタビューを通じて深層心理を探索する方法。詳しくはURL:https://decom.org/service/insight-research参照。
(4)㈱ジェイアール東日本企画がビジュアル刺激法を活用し、駅で思わず買ってしまう心理を探索。調査対象者:駅で日常的に買い物をする首都圏生活者12人、調査日:2008年7月12・14・16日の3日間。調査機関:㈱デコム。
(5)例えばビールならば、第三のビールや発泡酒ではなく、少し高価なプレミアムビールなどの銘柄を選択。
(6)㈱ジェイアール東日本が実施。調査日:2013年5月30日~6月5日(1週間)、調査対象者:首都圏40㎞圏内の市区町村在住の15歳~69歳の男女(高校生以上)、サンプル数:6,209人。※2010年国勢調査の人口構成比に合わせて、性・年代・居住地を割り付け、調査手法:WEB日記式調査、総買い物件数:61,093件。※1店舗内における買い物を1件とカウント、ネットショッピングを含む。調査機関:㈱リサーチ・アンド・ディベロプメント。
(7)実験対象:東京都23区在住の有職者4人、期間:2019年5月20日~6月16日、インタビュー:2019年6月30日。※定期券区間外の交通費(東京23区内の公共交通機関およびタクシー5㎞圏内)を支給し、日々の行動記録などを日記式で聴取。その後インタビューを実施。
(8)スウェーデンのチャルマース工科大学の研究者らは、レベル0=統合なし、レベル1=情報の統合、レベル2=予約・支払いの統合、レベル3=提供するサービスの統合、レベル4=社会全体目標の統合と定義している。今回の実験では、レベル3で提供される定額乗り放題サービスの東京23区内での実現を想定した。ただし、予約や決済の統合は対応できていない。

〈参考文献〉
加藤肇、中里栄悠、松本阿礼『移動者マーケティング―移動を狙えば、“買う”はつくれる。』(日経BPコンサルティング/2012年)
日高洋祐、牧村和彦、井上岳一、井上佳三『MaaSモビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』(日経BP社/2018年)

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