メルカリとN高等学校とのコラボレーション企画
フリマアプリ「メルカリ」を展開するメルカリでは、2020年の春から夏にかけて、N高等学校(以下、N高)と共同で全13回のコラボレーション授業「Project2040 – 20年後の価値交換を考える」を行いました。
オンラインで学べる通信制高校として知られるN高ですが、実は通学コースがあり、全国19カ所にキャンパスがあります。通学コースには「プロジェクトN」という課題解決型学習のプログラムを開設しており、今回のコラボ授業はその一環としてN高の授業に組み入れられたものです。
このN高とのコラボレーションには、ブランディングチームのほかに政策企画チームと、メルカリ傘下の研究開発組織で私の所属する「mercari R4D」も参加。授業プログラムについては部署の垣根を越えて協力して、東京大学インクルーシブ工学連携研究機構(RIISE/ライズ)と共同で研究に取り組んでいる「価値交換工学」のコンセプトを背景に開発しました。
メルカリでは、個人対個人でモノの売買を行う場である「マーケットプレイス」をオンライン上で提供する自社の事業を、価値交換サービスの一つと捉えています。このコラボ授業もテーマを「価値交換」に設定し、「20年後の価値交換を支えるビジネスやサービスを考える」という課題の下に、ラストはビジネスアイデアを競うコンテスト形式としました。
企業がスポンサードする授業では、その企業の事業に関連したコンテンツに終始する例が多いのですが、ここではそうした制限は設けず、全国のN高キャンパスからの約150名の参加者が、それぞれチームに分かれ、自由にアイデアを発表していくスタイル。高校生向けとしては難易度の高いプログラムとなっています。
メルカリにとって高校とのコラボ授業は初めての経験で、シラバス作成には苦労しました。メルカリの事業が個人間の価値交換のサポートであるとしたとき、では「価値交換」とはそもそも何なのか。シラバス作りも、まずそういった根本的な議論から始まりました。我々にとっても、自分たちのサービスの存在意義について真剣に考える、いい機会になったと思います。準備は2月から始まり、5月の授業開始直前まで続きました。
想定外だったオンライン授業化
今回のコラボ授業は、当初は2020年4月開始のはずでしたが、コロナ禍により5月からのスタートとなりました。授業スタイルも、対面での授業を想定していたものの、全てZoomを用いたオンラインベースの授業に変更。しかしN高校はもともとインターネットと通信制高校の制度を活用した「ネットの高校」としてのノウハウがあったため、学校側から生徒たちへの連絡、時間調整や授業の進め方等々、通学コースへの導入は初めてのものもありましたが、生徒たちの前向きな協力もあり円滑に授業を進めることができました。
前半の授業はメルカリ側の講師による座学と、少人数のチームに分かれた生徒たちによるグループワークを中心に進行しました。
座学ではまず、「価値交換の変遷を学ぶ」と題して、過去から現在に至るまでの価値交換の進化を、媒体・交換の相手・交換の対象・交換を支える技術という4つの軸から振り返っていきます。
次に現在の価値交換を支えるサービスを幾つか取り上げ、その仕組みを学習。
最後に授業の内容を踏まえた上で、今後20年の間に起こる社会の変化を予測し、20年後にどのような価値交換の形が生まれるのかを生徒たちに考えてもらい、その価値交換を支えるビジネスやサービスをビジネスプランの形にまとめてプレゼンテーションしてもらう、という段取りです。
価値交換の始まりについては諸説あるものの、おそらく物々交換の形で始まったとするのが一般的。その後の過程で米や塩、貝殻などが貨幣として用いられ、さらに金属貨幣、紙幣へと進化していきました。
価値交換の相手は、初期には共同生活を送る村社会の中の構成員同士。金銭の授受を伴わない助け合いのようなもので、今でいうシェアリング・エコノミーです。その後、農耕社会、工業化社会の段階に至って、大量生産が行われ、個人対個人から企業対個人、いわゆるBtoCの価値交換が中心の社会へ移行していきました。
近年になってインターネットなど情報テクノロジーの発展により、改めてCtoCの価値交換やシェアリングサービスに脚光が当たっています。メルカリのマーケットプレイスもその一つです。
交換の対象も、初期にはモノや労働でしたが、今では知的所有権やデジタルコンテンツも対象となっています。授業では「コンテンツとは何か」という定義から説明しました。紙の本があったとき、書いてある内容がコンテンツで、モノとしては本ということになります。デジタルコンテンツの特徴は、コピーしても劣化しないこと、ネットで高速に伝送できることです。
そして、こうした価値交換の進化を支えているのがテクノロジーです。金属の鋳造技術が発達したことで金属貨幣が、印刷技術が発明されたことで紙幣が生まれました。さらにパーソナルコンピュータ、インターネット、スマートフォンが登場したことで、オンラインでの価値交換が拡大しています。授業ではインターネットがどのような経緯で誕生し、世の中をどう変えていったかという振り返りも行いました。
インターネットの最大の特徴はボーダーレスということ。mercari R4Dのアドバイザーでもある村井純先生(慶應義塾大学教授)の言葉にも「インターネットは人類が初めて運用する、世界共通のシステム」というものがあります。私の一番好きな言葉の一つです。
今日ではAI技術も価値交換を支える重要なテクノロジーとなっており、仮想通貨やそのベースとなったブロックチェーンの利用も一般化しつつあります。今後はさらにVRやMRなどXR技術や量子コンピュータ等の発達が、価値交換の姿を変えていくでしょう。
授業では講師による座学のほか、メルカリの取締役CINO(チーフ・イノベーション・オフィサー)濱田優貴による特別講義も行いました。特別講義は、20年前にあった仕事が今はなくなってしまったり、20年前になかった仕事が今生まれていたり、といった例を挙げ、「さて、20年後は?」と問いかける内容でした。例えば20年前には、ボウリング場で倒れたボウリングのピンを立てるという仕事があったけれども、今はもう機械化されたのでなくなっているし、昔はなかったインターネット広告のように、新しく生まれた仕事もあります。
座学や講演など、一方通行の授業だけでは面白くないと考え、できるだけインタラクティブな形となるよう工夫しました。例えば、ディスカッションなどのグループワークを積極的に取り入れ、配布資料に空欄を残し生徒にその穴埋めをしてもらったりしました。また、Zoomの持つチャット機能を使い、テクノロジーについての説明の後、「こうした技術を使ったサービスにはどんなものがありますか」と質問して書き込みしてもらったり、アンケート機能を使って、「メルカリを知っていますか」と質問したり、全国19キャンパスの生徒全員が参加できる工夫も。全体として、メルカリ側へ質疑応答も自由にできるような堅苦しくない空気を作りました。
アンケート結果を見ると、メルカリの名前はだいたいの生徒が知っていましたが、まだ高校生ということもあり、実際に自分で使っている人は少ないようです。クレジットカードの話も同様に、存在を知ってはいても、自分で使った経験のある人は少数でした。そのように実際には経験していなくても、大部分の生徒は授業の内容をきちんと理解していたと思います。我々の考慮が足りなかった説明について、生徒から指摘を受けて修正したこともありました。
こうした授業の様子は、N高のTwitterでも紹介されています。
N高生徒の発想の豊かさ、プレゼンレベルの高さに驚く
20年後にどんな技術が実用化されているかは、我々でも予測が難しい問題です。講師側から量子コンピューティングやブロックチェーンなどの一部技術について示唆があった後、基本的には新技術についても生徒たちが調べ、それを使った課題のソリューション、ビジネスのアイデアを考えてもらいました。
5月から6月初めにかけて授業を行い、その後に中間発表という形で第1回のプレゼンを実施。20年後の社会を念頭に、予想される社会的な課題と新技術についてそれぞれの考えを述べ、その課題に対するソリューションをビジネスプランの形で提案していきます。持ち時間は1チーム4分間。発表会には31チームの参加がありました。
第1回の発表の段階ではまだまだビジネスプランとしてはこなれておらず、生徒たちもこうしたプレゼンに不慣れな印象でしたが、驚いたのは彼らの技術力の高さです。
フルカラーのイラストやデモ動画はもちろん、サービス名のロゴや、サービスのためのサイトまで実際に自分たちで作ってしまったり、ARメガネを使った無人会計システムを提案した立川キャンパスのチームなどは、メガネの立体グラフィック、モックアップも準備していました。
N高では全員がMacBookを持ち、Adobe CCのアプリケーションが自由に使える環境とのこと。こうしたことは普通の高校では考えられないでしょう。
発想もユニークで、「なるほど、そういう考えもあるのか」と、たびたび感心させられました。
全チームの発表が終了すると、講師たちは手分けして、「課題設定の的確さ」「課題に対するソリューションの的確さ、インパクト」「独創性・新規性」「収益性・成長性(ビジネスモデルとしての評価)」という4つの軸に沿って各チームを採点、コメントを付けていきました。
中間発表後の授業では、第2回のプレゼンに向けて改めていろいろなヒントを与え、質疑応答の機会も確保。各グループはそれらのフィードバックをもとに中間発表の内容に修正を加えて、その月のうちに第2回目の発表を行いました。
ここでの採点により、講師側が優秀9チームを選出。選ばれたチームは8月、今度はメルカリ本社において、成果発表会と命名された公開プレゼンテーションを行いました。会場では濱田CINOをはじめメルカリの経営陣が聞き手となり、各チームのプレゼンの模様は教育関係者や報道関係者にも配信。メディアの取材も入り、一部で記事にもなっています。
成果発表会では1位の最優秀賞から3位の準優秀賞までと、幾つかの特別賞を決めたのですが、最終選考に残ったチームの提案はどれも出来がよく、順位を付けるのは大変でした。
マグロの養殖ビジネスを発表した横浜キャンパスBチームは、漁師の高齢化やその数の減少などを解決すべき課題として分析し、ソリューションとしてロボットによる沖合養殖や遠隔漁業を提案し、特別賞(ビジネス賞)を獲得しました。
電気のシェアリングサービスを発表した名古屋キャンパスAチームの提案は、最初の発表の時点では、「ウェアラブル端末で発電した電気を売る」というアイデアでしたが、「ウェアラブル端末で発電できる電力など微々たるもの」ということで、だいぶ辛口のコメントをもらっていました。しかし2回目の発表では、前回のフィードバックを踏まえて、コンセプトを「運動不足の解決」や「エコへの啓蒙」「測定データの売買」といった切り口に変え、最後は3位にあたる準優秀賞を獲得しています。
また心斎橋キャンパスDチームは、「AR×味覚データで人類を健康に」というタイトルで、舌に電気を流して味覚を刺激するというXリアリティの技術をベースに、バーチャルな疑似ドリンクを販売する、というアイデアを出してきました。解決すべき社会課題としてはやや弱い印象でしたが、少女が疑似ドリンク(実は電気の流れているただの水)を飲んでいるアニメ風のカラーイラストを描いてくるなど、印象的なプレゼンを展開しました。
さらにホログラムを使うアイデアも多く、京都キャンパスBチームは、視覚だけでなく触覚、嗅覚など五感で感じられる7Dホログラムでバーチャルペットを作り、ペットロスの問題を解決することを提案。2位にあたる優秀賞を獲得しています。
江坂キャンパスAチームは、VR技術を利用して、街中にバーチャルな3Dアートを飾り、それをコンテンツとして買うことができるというビジネスプランでした。彼らは「お金だけが価値交換の媒体ではない。『いいね』のような感動も価値であり、それをやりとりすることもできるのではないか」と指摘しており、面白い視点だと感心しました。
結果、最優秀賞に選ばれたのは、心斎橋キャンパスBチームの「体験のデータを取引できるプラットフォーム『Dreamer』」です。脳とコンピュータをつなぐBMI(Brain MachineInterface)の技術を用いて、自分自身の夢や経験をデータ化し、ブロックチェーン上のプラットフォームで売買するというコンセプトでした。
メルカリもできてまだ7、8年の若い会社で、決して起業家スピリットが失われたわけではないと思っていますが、「これだけのプレゼンができるメンバーが、はたして社内にどれだけいるだろうか。高校生に負けているんじゃないか」というのが、成果発表会を見た私の正直な感想です。ビジネス的にはともかく、若いだけに発想が自由で、講師としても非常に刺激になりました。
これからは「リモートネイティブ」の時代
このコラボ授業は単発の企画で、今のところ第2弾の予定はありません。
やってみて、やはり相当に手がかかることがわかったので、簡単には再開できませんが、どこからか声が掛かれば、またぜひチャレンジしてみたいという思いはあります。今回の授業シラバスも、そのままにしておくのは惜しいコンテンツなので、パッケージ化など誰でもできるような形にして、生かすことができるのではないかと考えています。
今回、授業は最後までコロナ禍の下で行われました。キャンパスによっては後半、オフラインで集まっていたチームもあったようですが、基本的には生徒同士もオンラインで自宅から打ち合わせしていました。プレゼンに向け、その状態でチームとしてどうコミュニケーションをとっていくか、それぞれに工夫があったことと思います。新型コロナ発生で対面授業が急にオンラインに変わってもここまでやれたのは、コラボレーションの相手がN高だったからこそでしょう。
N高には学業成績のいい人、スポーツでプロになりたい人、起業したい人など多様な人材が集まっていて、発表が得意な人もいれば、表に出るのは苦手でもコンテンツを作り込むのが好きという人もいます。それぞれ違う分野が得意な生徒たちが組むことで、チームとしてのアウトプットがレベルアップした印象です。「学校としても画一的な教育をせず、生徒一人ひとりの長所を伸ばそうとしているのだな」ということが、コラボしていても感じられました。
そうした多様な生徒たちをまとめていく、N高の先生方のコミュニケーション力にも感心しました。今回は全て通学コースの生徒で、先生もオンライン授業には不慣れだったはずですが、リモートの環境でどう生徒たちとコミュニケーションを取っていくか、よく考えてらっしゃったのでしょう。複数のチームを成果発表会に送り出した代々木キャンパスでこの企画を担当された先生は、旅行代理店出身で、ビジネス経験をお持ちの方でした。N高教師陣にはビジネス経験者がその経験を生かせる環境があると思います。
企業でもオンラインで会議や打ち合わせをしているとき、自分を写すカメラをオンにしようとしない人がいます。もちろん強制はできないですが、オンラインでのコミュニケーションのレベルを高めるためには、やはりオンにしてほしい。どう対応してオンにしてもらうか、問題になっていたりします。
今の大人たちにとっては手探りの状態でも、今後N高の生徒たちのような、デジタルネイティブどころか、いわば「リモートネイティブ」の若手たちが社会に出てくると、人々のコミュニケーション、そして価値交換のあり方にも、我々が思ってもみなかった変化が起こりそうな予感がしています。