ニューキャリア時代の未来図
コロナ禍の前後では、私たちの働き方や生き方は大きく様変わりした。テレワークやオンライン会議などの浸透により、働く場所も住む場所も問われなくなってきている。そう、私たちは、ニューノーマルを生きているのだ。
しかし、このニューノーマルとは、いったい何を指しているのだろう。それはどんな時代なのか。皆さんは「ニューノーマル」をどう定義するのだろうか。
私はニューノーマルを、「ニューキャリア時代の幕開け」だと捉えている。
私自身は、昭和の時代に生まれ、平成に学びの基礎を固め、平成から令和にかけて働きながらキャリア形成をしている。この3つの時代では、働き方やキャリアに対する考え方も大きく変化してきた。そこでまず、これらをキャリアの視点から整理してみよう。
昭和は「組織の時代」
1926年から1989年まで続いた昭和は、高度経済成長をもたらした日本経済の成長期。人々が組織の一員としてがむしゃらに働き続けた「組織の時代」であり、組織の中での昇進や昇格に重きが置かれた組織内キャリアの時代でもあった。終身雇用や年功序列といった、日本型雇用が確立したのもこの時代である。
平成は「個人の時代」
それに続く平成は「個人の時代」であったと捉えられる。働き方が多様化したことで、フリーランスとして働く人が増え、幾つかの組織を行き来するように働くことも可能となった。また組織の境界を超えて柔軟に働く、「バウンダリーレス」や「パラレル」といった考え方も注目され始めた。これまでの組織内キャリアではカバーしきれない多様な働き方が生まれてきたことで、日本型雇用への制度的な綻びが疑問視されるようになったのも平成の時代である。
令和は「行為者の時代」
さて、令和はいかなる時代だといえるだろうか。令和の時代は、2つの歴史的ショックからスタートした。1つは2019年の「日本型雇用ショック」。日本経済団体連合会の中西宏明会長(当時)、トヨタ自動車の豊田章男社長による「終身雇用の制度疲労」発言を発端としたものだ。そしてもう1つが2020年、突如として世界にブレーキをかけた「コロナショック」である。
2つの歴史的ショックに直面し、私たちの働き方は今、大きな曲がり角に差しかかっている。表面的でテクニカルな変化に惑わされるのではなく、本質的な理解を心がけなければならない。私たちはこれまでの働き方を振り返り、これからの働き方を創出していく歴史的な過渡期を過ごしているのだ。
キャリアの視点から3つの時代の変遷をまとめると、次のようになる。
「個人」と「行為者」はどう違う?
しかしこの表を見て、上記のような疑問が浮かぶのではないだろうか。令和の今もまだ「個人の時代」なのではないか、と。
むしろ、より個人化しているのではないかと。
ここで注目していただきたいのが、「個人」と「行為者」の違いだ。出発点として、この2つは違うものだと認識することが大切なのだ。
個人というのは、組織内キャリアから独立した個の主体。それに対して行為者とは、「組織と個人の〈関係性〉」を大切にしながら働く主体である。
コロナ・パンデミックに直面してニューキャリアの時代を迎えた今、着目すべき主体とは、行為者だ。もう少しイメージしやすいように説明しよう。
平成の時代にはフリーランスの増加とともに、転職者数も増加した。これはつまり、1つの組織から独立するか、他の組織へ転職するかという「キャリア選択」をしていたことになる。一方で令和の時代には、複数の仕事を掛け持ちするビジネスパーソンが増加している。副業や複業を通して、組織と自分との関係を足がかりにしながらキャリアを積む。そういった働き方に注目が集まっている。
もちろん、平成であれ令和であれ、組織内キャリア型で働くビジネスパーソンは少なくない。ただし、平成の時代にはあまり見られなかった働き方、つまり組織との関係性を保ちながらキャリア開発をする人(つまり「行為者」)が目立つようになってきたのが、令和の時代の特徴なのだ。この「行為者」という主体は、今後の働き方を考える上で一つの鍵になっていくだろう。
以上の点をまとめると、
• 昭和の時代ほど、1つの組織にキャリアを預けるわけではなく、
• 平成の時代ほど、組織からの移動というキャリア選択をするわけではなく、
• 令和の時代には、組織と個人の関係性をうまくマネジメントする働き方が主流になってきている。
ということだ。そして、「伝統的キャリア→キャリア→ニューキャリア」という変遷において、押さえておくべきポイントが2つある。
1.「組織内キャリア」という、組織が優位とされる制度や考え方からの脱却が必要。
2.しかし、だからといって孤立した「個人」ではなく、「組織」との緩やかな関係性を維持していくことが求められている。
組織から孤立するのではなく関係の深化を
では、組織と個人の「関係性」に着目したキャリア形成というと、実際にどんなことを心がけていけばいいのだろうか。
それこそが、「プロティアン(変幻自在)」である。既に何度か解説してきたように、プロティアンキャリアでは「キャリア資本(Career Capital)」というフレームを重視する。これは、キャリアは「選択」するのではなく「蓄積」で捉えること。そして、組織と個人の「関係性」に着目することが大切であるという前提に立ったものだ。
つまりキャリアナレッジで伝えたいことは、社会変化に変幻自在に適応するために、組織から孤立する「個人」ではなくて、自ら主体的に行動することで組織との関係を「深化」させる「行為者」として、どうキャリアを開発し形成していくか、ということなのだ。
経団連の当時の中西会長による「自らのキャリアは自らデザインせよ」という主張には賛成する。ただし、このときの自己とは、孤立した個人ではない。
組織も個人も生き物である。どちらも静的なものではなく、いつからでも、どこからでも「変わる」ことができる動的な存在だ。ここで想定している組織とは、企業に限らない。社会を構成しているさまざまな組織(学校、職場、地域組織、グローバル組織)が、ニューキャリアの時代にフィットしていかなければならないのだ。
組織へのキャリア依存から自らを解き放ち、組織と個人を対立させない関係性を構築していくことで、ニューキャリアの時代を生き抜いていくことができる。
さあ、ニューキャリア時代、あなたはどう生きていくのだろうか。今起きていることは、「組織の時代」から「個人の時代」へ、そしてその先の「キャリアの時代」への「トランスフォーム(変容)」なのだ。
ここで社会変化を丁寧に捉える人は、一つの疑問が浮かぶのではないだろうか。今もまだ「個人の時代」なのではないか、と。
しかし「個人」と「キャリア」は違う。出発点として、まずこの確認が大切である。キャリアとは、「組織と個人の“関係性”」から紡ぎ出される「過去・現在・未来」の“ 軌跡 ”。キャリアとは、“関係性”を把握する認識概念なのだ。
「組織の時代」から「キャリアの時代」へ認識をシフトさせる上で、ポイントは2つある。
① 「組織内個人」という「組織優位」の「制度や考え方」から脱却すること。そして同時に、② 「個人」を「組織」から「孤立・分離」させないセーフティネットを張ることだ。
この2点において、「組織と個人」の(より良い)“関係性”を探求し続ける「キャリア」という考え方が今、求められている。ポイントは、自らのキャリア形成のみを重視する「個人」ではなくて、自ら主体的に行動することで、「組織と個人」を共に深化させる関係性を大切にしていくこと。「自らのキャリアは自らデザインせよ」という中西さんの主張に賛成だ。これからは、「組織に頼る時代」ではない。組織に「あなた=個人」を預けることはリスクとなる時代なのだ。 だからこそ、「キャリア」という関係論的視点を醸成させることが不可欠となる。
「組織の時代」から「キャリアの時代」への歴史的転換は、ガラパゴス化し、グローバルシーンでのプレゼンスを確立できなかったこの国が「再起」していく道のりでもある。組織も個人も生き物。どちらもが静態的なものではなくて、動態的な存在なのだ。つまり、いつからでも、どこからでも、「変わる」ことができる。
私は、その1点に賭けている。
キャリアは、「自分探しの旅」ではない。キャリアは、「組織と個人」の“関係性”をより良くするための軌跡。ここで組織(Organization)という言葉を用いているのにも明確な理由がある。社会を構成しているさまざまな組織、つまり学校、職場、地域組織、グローバル組織……からキャリアへのシフトが必要なのだ。
諸々の組織にキャリアという考え方と継続的実践が必要なのである。「組織の時代」から「キャリアの時代」へ。主体性を没した時代から、主体性を謳歌する時代へ。
今日からの一歩が、明日の未来をつくる。組織に囚われ、悩み・苦しむ人に、「キャリア」という「考え方の処方箋」を届け、少しでも楽になってもらいたい。
組織からの解放とは、組織への対峙を意味するのではなく、組織と個人の“関係性”をより良くしていくための新時代の認識論なのだ。
そしてニューキャリアの時代とは、個々人が組織と個人との関係性をより良いものとしていくために、これまでの組織内個人や組織対個人の関係性を乗り越えていかなければならない。例えるなら、組織と個人との力が打ち消し合い、そこに対立関係が存在しない状態になること。
組織と個人の関係性が理想的な均衡状態にあることで、心身を活性化させ、力の源泉となるような生き方なのである。
まずBtoCサービスは、オペレータの強烈な怒りを買ってボイコットを招き、道半ばにして頓挫してしまう。ソフトウエアのオープン化についても、自社の開発成果が第三者にも広く共有されることとなりソフトウエアで差別化しづらい状況を招いた。こうしてソフトウエア、サービス共に壁にぶつかったノキアは、悩んだ末に従来の強みだった製品力に立ち返り、製品差別化による競争優位の持続化を狙っていくこととしたのである。
オフィスに縛られない新たな働き方
新型コロナ禍で、オフィスに縛られない新しい働き方が浸透した。例えばテレワークやワーケーションなど、リアルからオンラインへの転換だ。テレワークが可能となり、子育て中で時短勤務の女性社員は、退社時の心理的煩わしさから解放されたり、単身赴任の生活から家族と共に過ごし自宅で働くことになった社員も少なくない。オンライン会議中に画面に映り込む子どもたちの屈託のない笑顔は、働くことの本来の意味を改めて気づかせてくれたりもした。職住分離の勤務形態の中で、働くことの犠牲になっていた家庭を取り戻しつつあるのだ。その点で、コロナ禍の転換は、ワークライフバランスにとって好機である。これらコロナ禍での対面からオンラインへの移行は、働き方のテクノロジカルシフト(技術的変化)を促進させた。
看過してはならないのは、働き方をめぐるもう一つの歴史的変化だ。それは、①政府による働き方改革の推進、②経済界による日本型雇用の制度転換、そして③今回、社会が対峙したコロナ・パンデミックへの諸々の対応、という3つの歴史的モーメントが交錯する中で浮上した、組織内キャリアからキャリア自律型へのワークシフト(働き方変化)である。
社会変化に適合させて自ら主体的にキャリアを形成していく、プロティアンなキャリアが、社会的に求められるようになった。自ら主体的にキャリア形成していくことが、個人にとっても組織にとってもセーフティーネットになるからだ。
だが、問題はその先にある。企業関係者への聞き取りを継続していると、次の3つの問題がキャリア自律型へのブレーキになっていることがわかってきた。
その3つとは、①ファーストキャリア形成期における「不透明なキャリア展望」、②ミドルキャリア形成期の「組織内キャリア依存」、③ポストオフ後の「キャリア失墜」とモチベーション低下である。
ファーストキャリア形成期(22〜35歳)で大切なことは、現場で求められるスキルを身につける、ビジネスパーソンとしての基礎固め。ここでの経験が、長く働いていく際の足腰となる。しかし現在、新卒社員は入社式、新入社員研修、その後のオンボーディングの過程もすべてオンラインとなり、社内ネットワークを構築することに苦労している。「組織の中で働いている実感が湧かない。個人として業務をこなしているだけだ」という悩みを多く耳にした。横のつながりだけでなく、縦の関係性が構築できていないことも懸念事項である。組織の中でいかにキャリアを形成していくのか、キャリアモデルを具体的に描けないことで、これからのキャリア形成への不安が募っているのだ。
ミドルキャリア形成期(35〜55歳)の課題は、組織内へのキャリア依存である。ファーストキャリア形成期で蓄積してきたビジネススキルや社内ネットワークは硬直化してくる。自律型のキャリア形成に向けては、部署・部門移動、社内兼業、社外副業などの越境学習経験が鍵を握る。地域に限定されることなく、オンラインで新たな機会に挑戦する人と、以前よりも増えたメールや業務の処理に追われる人との二極化が進んでいる。
テレワークはややもすると労働の孤立化を助長する。孤立化をセルフ・マネジメントできるか否かが、組織内キャリア依存からの脱却の道筋である。
ポストオフ後のモチベーション低下も深刻だ。55歳以上のビジネスパーソンは、日本型雇用の恩恵の中で、これまでキャリアを形成してきた。窓際で業務をこなし、定年を迎えるまでなんとなく過ごすのか、はたまた、人生100年時代の定年後のキャリア形成に向け準備を始めるのかで、働き方やモチベーションは別物なのだ。
いずれにせよ、これからのキャリア形成において、まず、組織はよりオープンな支援を担うようになる。組織の中の人材育成を主眼とするのではなく、主体的なキャリア開発を支援していく必要がある。主体的なキャリア形成と目指すべき組織の方向性は、敵対するものではない。長年、一つの組織の中で働き続けてきたことによるキャリア・プラトー(停滞感)を解決していく手段として、組織を開き、さまざまな機会への挑戦を応援する組織風土を創り出していくべきなのだ。
コロナ禍で組織の空間的限定性が問われなくなった歴史的転換期の今だからこそ、主体性の自由度を最大限に高めていく必要がある。これまでの実績に、これからの可能性を閉じ込めてはならない。ある企業の九州支社に勤務する女性が、東京に社屋を構えるグループ会社の別部門・別職種の事業会議にオンラインで参加する、そんなこれまでは考えられないような多様な働き方が可能になった。また、その一方で、職を失った人も少なくない。だが、失業はキャリア形成の終わりではないのだ。
今、個人がやるべきことは、自分自身のキャリア形成において、何がブレーキとなっているか、その要因を特定し、一つ一つ解決していくこと。それぞれのキャリア課題に対して、自ら向き合い問題解決型のキャリア開発をしていくことが、組織内キャリアから自律型キャリアへの鍵を握っているのである。
中長期でキャリア戦略を考える
個人と組織の関係性をより良くして、自分らしく働き、自ら人生を豊かにしていくためには、いかなる具体的なアクションが必要なのか。
まず鍵となるのが、これからのキャリアを設計していく戦略的思考である。戦略的思考というと、どこが仰々しく聞こえるかもしれないが、ビジネスパーソンである私たちにとっては身近な考え方でもある。
ビジネスシーンで戦略と聞くと、何を思い浮かべるだろう。
思い浮かべるのは、事業戦略や経営戦略ではないだろうか。
事業目的を達成するために、市場でいかなる優位性を獲得していくのか。思いつきでは事業は成功しない。中長期での事業戦略が問われる。また、企業を持続可能な形で存続させていくには、「人、モノ、カネ」の最適配分を熟慮しなければならない。経営戦略なしに、企業が発展していくことはあり得ないのだ。事業や経営において、戦略は欠かすことのできない方向性を示してくれる。
つまり、ビジネスパーソンの皆さんは、日頃から戦略について考えているのだ。しかし、その戦略的思考を、自分自身のこれからのキャリアに当てはめて考える機会がない。そこでビジネスシーンで用いている戦略的思考を、それぞれのキャリアについて展開するトレーニングを重ねてみよう。
ちなみに、経営戦略(Management Strategy)とは、平たくいうと、企業が競争環境の中で、持続的成長を目指す思考法であり、活動の基本指針になる。
戦略の策定は、事業を展開する自社の能力や資源といったを取り巻く外的要因を緻密に分析・評価して設定する。
私はこの戦略的思考をそのまま個人のキャリア形成においても援用できると考えている。本論文では、「ビジネスパーソンのキャリア戦略」と呼ぶことにしよう。私がここで用いるキャリア戦略とは、「働くことや生きることを通じて、あなた自身が成し遂げたいことに対して、自ら主体的にキャリア形成をしていく際の、中長期での行動設計」を意味する。
まとめると、「ビジネスパーソンのキャリア戦略」とは、一度決めた中長期計画を遵守し、達成目標の完了日まで行為を遂行していく「ウオーターフォール型の戦略」ではなく、中長期の計画を念頭に置きながらも、目の前の状況や環境にその都度よりフィットさせていく「アジャイル型の戦略」である。
こうした「アジャイル型のキャリア戦略」は、大学生や子育て中の主婦・主夫、リタイア後の生活を送る人など、すべての人にとって必要な生き方の行動指針の参考にもなるはずだ。
CX(=キャリアトランスフォーメーション)型の自己肯定感の高め方
いまやDX(=デジタルトランスフォーメーション)という言葉を聞かない日はない。
DXとはご存知のとおり、デジタル技術を駆使することによって、人々の生活を改善したり、企業の生産性や競争力を高めていくこと。例えばZoomやTeamsを使った会議が当たり前になったおかげで、移動時間のコストが削減され、ビジネスパフォーマンスが改善されたという人も少なくないだろう。
DXによる変革とともに忘れてはならないのが、CX(=キャリアトランスフォーメーション)だ。
今、私たちのキャリアは、組織内キャリアから自律型キャリアへと、変革の時を迎えている。この波に乗り損ねると、これから
のキャリア形成で苦労することになる。
もしかしたら、自律型キャリアといわれても「まだ、あまりピンと来ない」「組織で働いているのに、個人が主体性を発揮しては周囲に迷惑がかかるのでは」と思う方がいるかもしれない。
しかしそんなことはない。
経済が拡大し、業務の分業が進むにつれ、主体的に働くことがあたかも組織のブレーキであるかのように、私たちは徐々に信じ込まされてきただけ。自ら主体的に働くこと——これこそ働き方の本質であって、組織に対して遠慮する必要などどこにもないのである。
我慢しながら働くことや、指示を待ってやらされ仕事を続けることが、いかに生産性を妨げるブレーキとなるか。そのことは皆さん自身が痛感しているはず。自ら主体的に考え、動き、業務改善を続けながらアウトプットにつなげていく自律型のキャリア形成は、何より組織を伸ばすことにもつながるのだ。
そこで今回は、CXを進めながら、自己肯定感を高めていく2つの視点を共有したい。誰でも、今日からでもできるものである。
空間の視点、時間の視点
まず、常日頃から心がけてほしいのは、目の前のいかなる悩みであれ、それらは社会的につくられた「事物」にすぎないという認識を持つことだ。
社内規定、賃金、勤務時間、仕事の進め方……など、働き方に関する問題も、すべて誰かによってつくられたもの。私たちにとって当たり前のことであっても、世界的に見れば特異なことであったり、歴史的な視点で見れば、ごく短期間の暫定的な事柄だったりするものだ。
このように認識することで、悩みを解決する突破口が見えない状況でも、自分が置かれている状況を冷静に判断できるようになる。
わかりやすい例が、社内申請・承認の際の「押印文化」だろう。コロナ禍でのリモートワークがニューノーマルとなり、「ハンコはいらない」「ハンコなしでも困らない」という、あまりに当たり前のことに私たちはようやく気づいた。
ただし、組織文化というのは恐ろしいもの。トップが大鉈を振りかざさない限り、変わることはない。請求書にしても、送付までをすべてワンストップで完結できるオンラインサービスがあるにもかかわらず、いまだに捺印して郵送を求める企業も少なくない。DXの視点で組織文化も変革していく必要がある。
問題は、この一連のプロセスの中で、形式的な業務が発生し、それだけ生産性が落ちているということだ。試しに、あなたの今日の業務をチェックしてみてほしい。無駄な作業が玉突き事故を起こしてはいないだろうか。
コロナ禍でやるべきは、DXとCXの視点で、働き方や生き方を改善していくこと。その際に意識するといいのが、「空間の視点」と「時間の視点」である。
先ほど例に挙げた「押印文化」は、例えばアメリカにはない。あらゆる事項がサインで承認される文化である(サインも、対面で目の前で書かれることに公称的価値が認められていたが、DXが進み、今ではサインのオンライン化が急速に普及している)。
このように「空間の視点」とは、他国、他都市、他社、他部署……など、複眼的にほかと比較する視点を養うことを意味する。空間の視点を持つことで、自らの特異性に気づき、改善していくことができるのだ。
このときに、「これは組織で意思決定する必要があるのか」「個人で主体的に取り組むことで改善できるのか」という点も整理し
ておくようにしよう。
承認プロセスをハンコからデジタルに変えるのは、個人の判断ではできないことだ。経営者や社内の責任者が迅速に判断して、組織的に取り組んで初めて解決できるだろう。
このような視点から私たちの働く環境を見ていくことで、何が問題なのかが浮かび上がってくる。そこで、浮かび上がってきた問題に対して、今度は状況を変えることができるかどうかを考えるのだ。
同様の手順で、空間の視点から自らのキャリアについて考えることも可能だ。
仮に、あなたは同じ職場で長年、同じ業務に携わっているとする(私のような大学教員もまさにそのような働き方をしている)。空間の視点でこの状況を捉えると、「新しい出会いが限られているかも」「閉ざされたキャリアだな」などと気がつくはずだ。
そうとなれば、もっと積極的にキャリアを拓いていかなくてはと感じるのではないだろうか。実際、私は日々それを痛感しているので、大学の業務はしっかりとこなしつつも、それ以外の外の仕事に挑戦していくことを常日頃から心がけている。
キャリアとは最も身近なことであるだけに、近視眼的になりがちだ。職場、会社、同業他社、異業種、空間のレンジを広くしたり小さくしたり、行き来を重ねながら、キャリアを空間的に捉え、位置付けるよう習慣化してほしい。そうすることで、あなた自身のキャリアを客観的、相対的に認識できるようになる。
「時間の視点」でキャリア開拓の可能性を俯瞰
「時間の視点」も大切である。キャリア形成が思い描いたとおりに進んでいる人と、思うようにいかない人の差は、実はこの時間の視点にある。どんなキャリアであっても、キャリア形成には時間がかかるもの。だからこそ、この時間の認識や使い方がポイントになるのだ。
例えば残業時間。コロナ前は働き方改革の推進により、多くの企業が残業時間の削減に取り組んでいた(これは勤務時間の削減に向けた「組織的な」取り組みといえる)。しかし今では、テレワークによる勤務時間の増加が問題になっている。職場と家庭の境界がなくなったからこそ、「働き続けてしまう」という声が聞かれるようになった。
この点に関しても、個人で取り組めることはある。勤務時間を意識し、その時間内での生産性を高めていくのだ。やらされ仕事ばかりでは、勤務への心理的負担は増えるばかり。今は何が必要で、何を解決すべきかを考え抜きながら、時間の視点を意識して仕事をカイゼンし続けることが大切である。
CXとは、単なる意識改革ではない。組織型キャリアから自律型キャリアに向け、組織・個人の両面から取り組んでいく業務改善の一連のプロセスでもあるのだ。
目の前の悩みや課題について、空間と時間の視点で考えることを習慣化しよう。そして、組織で取り組むべきことなのか、個人の力で改善できることなのかという点も見極めて、自己に負担をかけすぎないかたちで、より良い働き方を探求し続けていこう。こうした日々の意識づけが「自分自身の力で状況を変えられる」という自信につながり、ひいては自己肯定感へとつながっていくものなのだ。
どれだけテクノロジーが進化しようとも、企業を構成するのはいつの時代も変わりなく「人」である。一人ひとりが主体的に働くようになることで、組織は生産性と競争力を取り戻すことができる。
CXを実現する上で強力なエンジンとなるのがDXだ。だからDXを声高に主張している企業は、同じ声量でCXの必要性も語りかけるようにしてほしい。そして私たち個々人も、組織へのエンゲージメントを考えながら、今日からできることに一つ一つ取り組んでいくことにしたい。