働く人にマッチしたワークプレイスとは?

2022年4月 8日 14:46 Vol.79
   
金谷 智浩
(株)ヴィス常務取締役COO/デザイナーズオフィス事業本部本部長
Tomohiro Kanatani
東大阪市出身。関西学院大学卒業後、広告・採用系企業を経て、2004年、デザイナーズオフィス事業立ち上げに際して(株)ヴィスに入社。プロジェクトマネージャーとして数多くのスタートアップ企業のオフィスを手掛けつつ、新卒採用体制構築や広報・Webマーケティング責任者として幅広い業務に対応。

消費者が求める豊かさは、「所有」から「必要なものの選択」へとシフトしてきた。ワーキングスタイルの多様化が進む中で、企業や社員にとってのオフィスの意義も見直されつつある。そのような時代における、魅力的なワークプレイスとは何か。またデータからそのヒントを得ることは可能なのか。オフィスデザインから企業ブランディングに携わってきた会社のキーマンに話を伺い、コロナ後の働き方をサポートする新しいオフィス像を探る。

text: Fumihiro Tomonaga photograph: Kentaro Kase
                                                        

企業のブランディングツールとしてのオフィス

―素敵なオフィスといえば、一般的には空間レイアウトが凝っていたり、おしゃれな家具が配置されているようなイメージがあります。御社が考える良いオフィスとはどのようなものですか。

金谷 オフィスは企業アイデンティティを反映するための一つのツールだと思っています。その企業が持つカルチャー、独自性を一つひとつ落とし込んで、働く社員がこの会社に所属している意味や働きがいをオフィスで体現することが今、非常に求められていると感じます。私たちも単に空間を作るのではなく、その会社が目指すビジョンや方向性を引き出し、コンセプトの提案をしています。オフィスは今や企業のブランディングツールの一つともいえるでしょう。

―そうしますと、御社が仕事の依頼を受けた際には、その会社のフィロソフィまで深く入り込み、全体の計画を立てているのですか。

金谷 そうですね。やはり企業ごとに十人十色の考え方やフィロソフィがあるので、しっかり調べてコンセプトを立てることが非常に大切です。そのために社長をはじめ、社員へのインタビューやサーベイ、あるいはプロジェクトメンバーを選出し、チームでディスカッションをするワークショップを行います。

―コンサルティングのようなものですね。会社の使命や考え方、魅力といったものを、御社はオフィスデザインという表現でアウトプットして、返されているわけですね。

金谷 例えば当社も社員たちの結びつきが大変強く、本当に家族のように仲がいい。そういう人たちが働く場所はどうあるべきかを考え、現在の東京オフィスのコンセプトを「ホーム」としました。
一般的に家にいるとリラックスするし、心地いいものです。オフィスに来た際に、同様の気持ちになってもらいたい、そういった意味での「ホーム」です。特に若いうちは上司から指示される仕事も多く、会社に行って働くことが面倒だと感じることもあるでしょう。そんなネガティブな空気をポジティブに変え、積極的に出向いていきたくなる場所にする必要があると思っていて、それは自分たちが掲げる企業理念「はたらく人々を幸せに。」という言葉にもつながります。働く皆さんの幸福度が高まる場所にしたいなと思って仕事をしています。

先ほど実際に東京オフィスを拝見させていただいて、確かに「ホーム」という、インティメットで心地いい雰囲気がとてもよく伝わってきました。こちらのオフィスは昨年5月にリニューアルされたとのことですが、その前後で実際に出勤率が上がったなど、何か目に見える効果や変化はありましたか。

金谷 この場所に移転したのが6年前です。当時は社員全員分の席を確保した、島型のレイアウト。島の中ではどこに座ってもいいけど、「チームとしては大体この辺り」というように決まっていました。基本的に全員がオフィスに来ることを前提とした働き方でしたが、テレワークとオフィスとのハイブリッドな働き方に調整しようとリニューアルした現在のオフィスは、かなり自由度の高いレイアウトにしています。席数も実は社員数の8割しかありません。

仮に全員が出社しても固定席ではないので、サロンや他の場所に分散しながら仕事はできる。実際、一日中座席について行う仕事ばかりではなく、客先へ外出したり、社内での打ち合わせで離席していることも多いのです。オフィスでの稼働率を調べてみると、オフィス内で仕事をしているのは最少で3割、多くても7割程度だということがわかってきました。そこで固定席を減らし多彩な要素の場所を複数作ったほうが社員にとって仕事をしやすいのでは、という考えからレイアウトを変更しました。結果、昨年9月に実施した社内アンケートでも概ね好評で、約85%の社員が満足と回答していました。 

こうして同じスペースながら、レイアウトを大きく変えるだけでもみんなの働き方が本当に180度変わり、デザインの可能性を感じました。

—例えば社員の方のメンタリティや意欲にも変化があったのでしょうか。

金谷 元々、我々には「CREDO」という、社員がヴィスのメンバーとして働くにあたっての22項目の約束があります。社員は入社以来、毎日これに触れているので、普段から一人ひとりのマインドセットは比較的できていて、モチベーションはそれ程大きく左右されません。しかしメンタリティよりは、生産性についての考え方が大きく変わったと思います。 

というのも生産性には2種類の考え方があります。物的生産性と付加価値生産性です。まず、いわゆる限られた時間で大量の物を製造するとか、スピーディに仕事するとか、そういった作業効率を重視するのが物的生産性。それに代わって付加価値生産性というのは要した時間と生まれた付加価値を掛け合わせたもの。例えばクリエイティブな作業とか、面白い発想をするとかの意味での生産性です。

今までのオフィスは、この2つが一緒に考えられてきました。売り上げが増えれば生産性が高いといった話になりがちですが、実は売り上げに直結する作業性の高いものは、家でやったほうが効率的なことも往々にしてある。声をかけられないし、集中できるので、物的生産性は実はテレワークのほうが高いことが多いですね。

一方で付加価値生産性においては、ずっと同じ部屋にいて景色が変わらなければ刺激も少なく、アイデアが生まれにくいことがある。また自分一人で仕事をしていては、簡単なフィードバックさえもらえません。雑多な空気の中に貴重な体験があり、その重要性が注目されるようになってきました。そういう体験を経て、私たちも「生産性の高い仕事って何だろう」と改めて考えるきっかけを頂いたと思うのです。

私は現在、プロジェクトマネージャーを統括する立場ですが、彼らはクリエイティブな発想力も必要だし、あらゆる業務を取りまとめスピーディに対応することも求められます。その両軸が必要なので、クリエイティブな作業で他の人と協力して何かを生み出したいときはオフィスに来るし、締め切りに追われて仕事を手早く片付けたいときは家で、と使い分けられる。両方をメリハリをつけて活用できる点で、社員は働きやすくなったのではないかと思いますね。

   
ヴィスの東京オフィスは2021年5月、2階のワークスペースのリニューアルを実施した。旧レイアウトでは、人数分の席を確保したオーソドックスな島型のデスク配置。
   
現在のものは、コロナ後も見据え、変化に対応しつつ最適解を見つける“アジャイルオフィス”としてデザインされている。席数を在席率最大80%程度にとどめ、代わりに異なる席を有する多彩なコーナーを創設。各自の働き方に合わせた選択が可能となった。また同時にメンバー間のつながりを意識し、コミュニケーションがとりやすいエリア配置となっている。

—現在は、在宅勤務かオフィスに出社するかの判断は、社員の方が自由に決められるのですか。

金谷 一定のラインを決め、政府や自治体の新型コロナウイルス感染予防対策状況に合わせます。状況が落ち着いていれば8割、「まん延防止等重点措置」の際は6割、「緊急事態宣言」が発令されると4割を上限、というように決めています。

—以前のずらっと並んだ席だと誰が出社していないとか、誰の仕事が進んでなさそうとか、そういうことが目について、どちらかというと管理目線のようなイメージがあります。ここは本当に働く人が主体、自分が主役という雰囲気でした。

金谷 私の仕事はマネジメントです。社員が相談や承認依頼のため私を探す機会も多いですが、席を固定せずフリーアドレスにしています。これまでは仕事をしているのが“ 見える”ことで管理できていると思っていましたが、現代はさまざまなコミュニケーションツールが発達し、成果を図る指標も増えています。同じ場所で時間を共有しなくても、社員の働く成果を判断できるようになってきています。

—オフィスが変わっただけでなく、管理スタイルも変化しているわけですね。

金谷 そうですね、制度が劇的に変わったわけではないですが、価値観や生き方が変わりました。これまでは、同じ空間にいて一生懸命に遅くまで頑張ることをよしとしていたと思います。しかし、一人ひとりの作業効率まで確認できているわけではありません。“目が行き届いている”という自己満足のもと、主観で人を判断する面もあったのでしょう。離れていることが前提になると、評価できる指標を自分で見つけないと、適切にマネジメントするのは難しい。現在は、進行中の業務の内容をより気に掛けるようになったと思います。

   
エントランスに隣接する「サロン」。
   
並んで座るシートやスタンディング用の昇降テーブル。防音機能を備えたオンラインブースも設置した
   
サロンの周りを会議室が取り囲む。各室にはヘミングウェイやキャロル(写真)など文豪の名が付けられている。
   
バーコーナーの対面式キッチンでは、周囲のメンバーとも自然に会話が始まるという。
   
ヴィス社員の行動規範(約束)である「CREDO」の一つに「お客様に最高のお出迎えとお見送りをします」とある。
 
 
 
 

求められるデータドリブンな提案

 
 
 
 

—「wi(t ウィット)」というサービスは、データを活用したオフィスの提案ということですが、実際はどんなものですか。

金谷 ライトサイジング(Right Sizing)コンサルティングサービスと呼んでいます。今、働いている場所の広さやロケーション、空間構成と働き方が最適かどうかを、Wi-Fiのアクセス解析や実態の調査を通して検証します。オフィスで社員が大勢働いていると思っていても、分析をするとそれほど席の稼働率が高くないとわかることもある。それを踏まえると「オフィスコストを設定した数値目標にするには、このような働き方をしたらいいですよ」という提案が可能です。

例えば、当社の東京オフィスで実際に行った分析ですが、社内の執務席とオープン席にタッチポイントを設定し、一定期間での平均出社率と平均席稼働率、最大出社率と最小出社率を調べてみました。すると社員の出社人数と比べた平均の席稼働率は3割程度でした。多様な場所で働くことは、クリエイティブな生産性を高めるので間違った方向ではありません。ただ、オフィスの手数料や賃料、敷金、工事費などを含む全コストを考慮すると、「稼働率が低い」といった回答にもなりえます。

オフィスのロケーションについても、社員一人ひとりの居住地の最寄駅からの通勤費と通勤時間を可視化します。すると例えば渋谷が便利だと思っていても、案外、汐留のほうがコストがこれだけ少ないとか、通勤時間も東京都の平均実績55分よりは短いので効率がいい、といったことがわかります。

さらにはそのデータをもとに、自宅周辺のシェアオフィスなどで社員が働けるようにすると、移動時間が減ることで効率がこのくらい上がり、交通費とのバランスでシェアオフィスの使用料にかけられる損益分岐点はこれくらい、と算出できる。ここまでわかれば、今後オフィス面積を縮小し、サテライトオフィスなどを活用するなど働き方改善の検討まで始められるのです。

従来、会社はオフィスという不動産に対してまとまった投資をしてきました。その固定費が減れば、他の細かい分散投資が可能です。この改善によるインパクトが大きい大手企業が、「wit」のようなサービスに今、興味を持っていらっしゃいます。

—witのサービスを他社に提供する場合、ベースとなるデータの収集が大変だと思うのですが、いかがですか。

金谷 できる限りお客様の会社にあるデータを活用しています。社員のロケーション分析などを会社で管理できていればいいですが、そうでないケースも多い。データ作成は結構大変で、同様の調査をコンサルティング会社にゼロから依頼した場合は、数カ月、数百万円を要します。私たちはお客様から既にあるデータを供給いただき、スピーディに低コストで分析結果を提供しているのです。

wit は自社だけの専属サービスではなく、( 株)Tokyo Creators' Projec(t 以下、TCP)という会社が開発したもの。彼らとタイアップして、サービスを当社が活用しています。TCPはオフィス作りのプロ集団で、貴重なデータをシェアさせてもらっています。

   
ヴィスの東京オフィスの4階はデザイナー用のフロア。2階に比べ、よりクリエイティビティを重視したデザインに。緑に覆われたエントランスの奥がワークスペースで、デザイナーは完全フリーアドレスになっている。
   
仕上げ材料のサンプルなどを保管・確認するためのコーナー。照明は調光・調色が可能で、物件に合わせたシーンを再現できる。
   

—確かにこうしてデータを活用すれば、魅力的なレポートをお客様に提案できそうですね。

金谷 そうですね。コロナ禍では働き方に関しても不確かな要素が多く、正解がわからない中、周りの様子を伺いながら対応を模索している会社が多くありました。そこから一歩踏み出そうとする会社には、正解がわからないからこそ、導くロジックが必要なのです。ですから、「wit」のようなデータドリブンな方法を求めていたのだと思います。

—ということはコロナ禍で需要が増えましたか。

金谷 増えました。2023年いっぱいまでは、アフターコロナの世界を見据えたオフィス需要の活況は続くと思っています。ようやく日本の企業も少しずつ盛り返してきましたが、コロナの感染状況が落ち着けば、この需要はもっと上がっていくのではないでしょうか。

このところ「リターン・トゥ・オフィス」が、GAFAなどシリコンバレーの会社でうたわれ始めています。これは“みんなが1カ所に集まって熱狂的に働こう”という動きです。オフィスは会社のカルチャーやビジョンを共有する場所です。Googleは世界中から優秀な人材を集めていますが、彼らが家に閉じこもっていては何にもならない。才能ある学生もそんなスキルの高い人材と仕事ができるからインターンを志望するのであって、その機会がなければ未来の採用にもつながらないのです。
日本の会社も含め、これからもスケールアップを目指すエンジニア中心の会社は社員を1カ所に集めたがっています。

 
 
 
 

トライ&エラーを続けて

—そういう新しい方向性という点で、2021年1月に大阪に開業された「The Place」は、どのようなプロジェクトでしょうか。

金谷 元々、コロナ禍になる前からオフィスビル事業を始めようと動いていました。ところがプランニング中に感染が拡大し始め、途中でコンセプトの見直しを図ったのです。最も大きな変更点は、テナントだけではなく、コワーキング・シェアオフィスを設けたことです。

ビルのコンセプトは「TSUMUGI」で、クリエイティブ、ソーシャル、ディスカバリーという3つのキーワードがあります。「この3つを体感・経験できるオフィスビルにしよう」ということで、成長するベンチャー企業を支援するビルにしました。サービスとしてコミュニティマネージャーが常駐し、友人のように対応してテナント同士をつなげる、といったことを想定しています。内装は当社が担当したのでデザイン性の高い空間になっており、クリエイティブ面での刺激も感じていただけると思いますよ。

そしてビーコンを活用し、入居者は外からリアルタイムでコワーキングスペースの混雑状況を確認したり、アプリで会議室を予約できるようにするなど、ICT、データを活用しながら、また次のオフィスデザインに還元する仕組みも構築中です。賃料は周辺相場より高いのですが、おかげさまでほぼ満床となっています。

—このThe Placeを起点に新たなオフィスビジネスを模索しているのでしょうか。

金谷 はい、市場はやはり付加価値のある物件を探しています。どのように付加価値を生み、差別化できるのか、実際に自社物件を使って実験中です。今は積極的にトライ&エラーを行う時期だと思っています。
中小のビルオーナーさんの中には、コロナ禍で空室が増えて困っている方もいらっしゃるので、このモデルで得た知見を活かしたコンサルティング、あるいはコワーキング・シェアオフィスの部分を抜き出した新たな業態の育成、なども考えられます。いろいろと展開案はあるのですが、まだ始まったばかりですね。

   
The Placeは大阪市に2021年1月にオープン。3階のシェアオフィススペース。
   
1階エントランスにはコミュニティマネージャーが常駐。
   
1、2階のラウンジエリアや会議室、ルーフトップまで契約者であれば利用が可能。
   
建物外観。心斎橋駅に程近いロケーション。

—コロナのパンデミックを経験して、働き方とともにオフィスの位置付けが大きく変化しました。その上で今後、オフィスに求められる価値、出社したくなる理由、そういったものは何だとお考えですか。

金谷 これは深い話ですが、私が考えるのは、「会社に属すことは、そのコミュニティの一員である」ということ。そのコミュニティを通じて何を体験し、何を吸収できるのかが問われると思うのです。つまり自己実現できるコミュニティでなければならない。

最近はジョブ型が進み、組織に属さなくても仕事はできるし、社会的にも認められます。それでも会社に属している恩恵を、一人ひとりが感じられる会社を作ることが必要ではないでしょうか。そのためには、居心地がよく非日常の体験ができる場所であることも重要です。時間をかけ、高いお金を払って一流の温泉宿に泊まるのも、その価値のある体験ができるからで、極端にいうとオフィスもそういう場所であるべきです。

家で働いていて、行き詰まったなとか、ワンパターンだなとか、つまらないな、と思っていても、オフィスに行けば刺激をもらえて、次の自分の活動を方向付けられます。誰かに「最近担当したあの仕事、面白かったよ」と言われるだけでもいい。そんな偶然のフィードバックは、家では絶対に起きないことです。そういう雑多性みたいなもので、人が自己実現をするのがオフィスだと思っています。

—そのオフィス内のコミュニケーションで、例えばこれはオフィスじゃなきゃいけないとか、これはオンラインでもいいとか、何か基準となるようなものがあるのでしょうか。

金谷 オフィスの魅力は偶然性だと思います。必然でないことが、良いこともある。当社の東京オフィスもあえてオフィス内の動線を整理した画一的なものにはしませんでした。また、チームでいることが、やはり仕事をする上では便利ですし、業務がはかどります。一方で凝り固まってしまうとセクトができ、横の風通しが良くならない。そこで雑談など“ 曖昧かつ偶然に交わる”ことで、人間関係も良くなるのです。

海外の研究でも、オフィスデザイン自体と生産性の相関関係はまだ認められていませんが、人間関係と生産性は密接に関係していることがわかっています。お互いに信頼できるから仕事を任せることができ、ポジティブに取り組むことで生産性が上がる。結論として、人間関係を良くするオフィスデザインが生産性に結びつくと考えており、人と人との交わりを生み出す動線やしかけを重要視しています。

そのため、当社ではフリーアドレスの運用時に、あるルールを決めました。朝出社したら人が既に着席しているほうに行って、挨拶をして近くに座るというもの。それだけでも半強制的に誰かに声をかけるアクションが生まれます。そこにまた別の人が来て自然と人が集まっていくので、一定の効果があったと思います。

同じチームではない人も、会話を交わすことで少しずつ互いの理解が深まります。コミュニティの中で知り合いや仲の良い人が増えると、心理的安全性が高まり、その会社のことが好きになります。さらに、共通の趣味を発見したりすると、次のコミュニケーションに発展する可能性も広がると思うのです。

—その他、例えばいつもと違う席に座るなど、異なるシチュエーションに身を置くことで、新鮮な感覚や発見を得るといった効果はありますか。

金谷 あると思います。長時間集中したいときに座る席と、10分程度のメール返信だけをする席では、やはりデザインは違うべきです。場合によっては座り心地よりも、作業時の広さを求めることもある。それはABW(アクティビティ・ベースト・ワーキング)といわれ、仕事内容や気分に合わせて、働く場所や時間を自由に選ぶ働き方です。欧米では何年も前から話題になっている、フリーアドレスのもとになるアイデアです。働く場所や時間の選択が可能であることも、生産性を高める一つの方法なのです。

 
 
 
 

オフィスデザインからワークデザインへ

—最後に金谷さんご自身、そして御社が目指す今後のビジョンを教えてください。

金谷 個人と会社でほぼ重なります。18年前、「デザイナーズオフィス事業を始めるぞ」と当社の代表が言ったタイミングでヴィスに来ました。当時は8坪ほどのオフィスを借りて、本当に2人から始めました。その後も大変な時期がありましたが、自分は辞めるわけにはいかないと、覚悟を決めてやってきた。だから今は、一緒に働くメンバーにヴィスのことを好きになってもらいたいし、本当に働きがいがあり、幸福度が高く、そして日本一いい会社だと思ってもらえる組織を作ることを目指しています。

ヴィスとしては、今までブランディングという視点からオフィスデザインを手掛けてきましたが、今後はワークデザインカンパニーにシフトして、より広く会社のブランディングに携わっていこうと思っています。

そのために、もの作りのハードの部分だけではなく、前述のwitに加え、「ココエル」という組織改善サーベイの提供も始めました。これは、毎月の社員へのエンゲージメントや健康状態の診断と、半年に1回のストレスチェックをうまく併用したクラウドサービスです。例えば上司との関係が悪いとか、仕事の量が多すぎて睡眠不足で不健康だとか、数値化しづらい社員の心や健康の変化を定期的なアンケートによって察知し、フォローするツールです。これもこのプラットフォームを作っている(株)ラフールの「ラフールサーベイ」をOEMで利用しています。働く社員のエンゲージメントまでカバーして一人ひとりの自己実現をお手伝いできればと考えます。

—これはオフィスデザインの範疇を明らかに超えていますね。

金谷 はい。そうして知見をどんどん貯め、お客様に提供できるデータが増えることで、最終的には受注につながっています。今期は、予算が1億円を超える大型案件の受注率が、前期に比べ約2.5倍になりました。

この理由は、オフィスや働き方に関する課題を抽出し、例えば1億円の予算を適正に使うための戦略を、witなどのデータをもとに提案しているからです。世の中にスタイリッシュなオフィスが増えた今、デザインよりもコンセプトやロジックから一緒に考えられることが、求められているのではないでしょうか。企業が課題を感じ、改善したいと考えているのは、オフィスデザインよりも働き方そのものだと感じています。

ワークデザインカンパニーへと進化したことで、このようなコンサルティングもしています。先ほどオフィスは企業カルチャーを表現するものと話しましたが、1社1社のカルチャーを根本から作るお手伝いをしながら、ソフト面まで含めて、より企業の成長に関わる部分に踏み込んだ提案ができると考えています。これからも積極的にチャレンジしていきたいですね。