2050年カーボンニュートラルは実現可能か?
我が国の温室効果ガスの実質的な排出を2030年には約半分に、2050年にはゼロに、という目標を私たち消費者はどの程度、ワガコトとして捉えられているだろうか。2050年までにカーボンニュートラルは実現可能なのか?という質問を受けることが時々あるが、その時にはいつも「毎日の生活で使っているエネルギーを半分以下にする生活、極端にいえばお風呂に入れるのが2日に1回というような生活が可能だと思いますか?」と逆に質問するようにしている。そうすると大抵が「お風呂は我慢できるかもしれないけど、エアコンは無理」などと返ってくる……。
我々が環境問題やエネルギー問題に携わるようになったのは20年以上前の話だが、当時はエコロジーや環境配慮といったテーマは、一種の信仰のようなものに受け取られていたように思う。そして2009年のエネルギー・資源学会では地球温暖化の科学的真実を問う討論が行われていたことを考えると、SDGsやカーボンニュートラルといった言葉が頻繁に聞かれるようになった現在は、隔世の感がある。しかし、さまざまな問題にあふれる現代社会で、エネルギー利用について正しく理解することは困難を極める。
ましてや、エネルギー問題は一般に遠い話であり、自分の命に差し障るわけでもなければ、月々のエネルギーコストなど、携帯電話やインターネット使用料に比較して大した金額ではない。安定供給が“あたりまえ品質”になっているエネルギーに関して、消費者が無関心になるのも致し方ないと思う。
とはいうものの、私たちのほとんどすべての行動、特に利便性や快適性が伴う行動には、エネルギー消費が常に伴う。夜間も昼と同じように活動できるのは照明のおかげであるし、大切な人にすぐに携帯電話で連絡がつくのもバッテリー電源のおかげだ。エネルギーは目に見えない。手元で消費している電気エネルギーは何も排出していないように見えるが、遥か彼方の発電所でモクモクと温室効果ガスを排出してきた。東日本大震災の後に、我が国では太陽光発電などの再生可能エネルギーの普及が進んだが、それでも2022年時点での再生可能エネルギーの電力量比率は2割程度にすぎない。太陽光発電は天気のよい日中しか発電しないし、風力発電も風が吹いているときだけだ。そして今私たちが消費している量をすべてそれらで賄おうとするなら、現状の景色が変わるほどの太陽光パネルや風車を導入する必要があり、高コストな蓄電池も大量に必要となる。
再生可能エネルギーの導入や、二酸化炭素回収・貯留技術の開発、エネルギー消費効率の改善などは今後ますます進んでいくとは考えられるが、それらにも限界はあるし時間も要する。よって、まずは消費するエネルギー量を減らすことが重要であろう。しかもカーボンニュートラルともなれば、社会によいことをしている気分になれる免罪符のような少々の省エネルギー(以下、省エネ)ではなく、劇的な省エネが必要になると見込まれている。本稿では、我々の専門である家庭部門のエネルギー需要について、我が国の最も大きなライフスタイル変化要素である「高齢化」と関連付けて、どのように対策を進めていくべきかについて考えてみたい。
家庭のエネルギー消費量の変化
家庭部門のエネルギー消費はライフスタイルの変化や、社会構造の変化によって著しく増加してきた。エネルギー白書2021(1)によると、第一次石油危機があった1973年度の家庭部門のエネルギー消費量を100とすると、2005年度には221まで拡大した。その後2010年度までは個人消費や世帯数が伸びているものの、省エネ技術の普及などから、家庭部門のエネルギー消費量はほぼ横ばいで、東日本大震災以降は低下を続け、2019年度には184まで低下している。
家庭部門のエネルギー消費量は、「世帯当たり消費量(原単位要因)× 世帯数(世帯数要因)」で表すことができ、両者の増減が、家庭部門のエネルギー消費の増減につながる。世帯当たりの消費量は、人数や所得などの世帯属性、家の大きさなどの住宅属性、家電や住設機器などの保有状況、省エネ行動などに左右されるほか、気象条件の影響を受ける。1973年度から2005年度までにエネルギー消費は1,199PJ 増加しており、その内訳は世帯数要因が735PJ の増加寄与、原単位要因が464PJの増加寄与であった[図表1]。
世帯数の増加と家電製品などの普及による世帯当たり消費量増が共に増加に寄与していた。一方、2005年度から2019年度までの間にエネルギー消費は366PJ 減少し、そのうち世帯数要因は294PJの増加寄与、原単位要因は661PJの減少寄与であった。省エネ技術の普及や世帯人員の減少などに加え、東日本大震災後には省エネへの取り組み強化が、増加し続ける世帯数の増加寄与を上回り、家庭部門のエネルギー消費量を抑えたといわれている。
国立社会保障・人口問題研究所の日本の世帯数の将来推計では、2023年に世帯数は5,419万世帯でピークを迎え、その後は減少に転じ、2040年では5,076万世帯になると推計されている。よって、世帯数要因も今後は減少寄与に転じるため、何もせずとも家庭部門のエネルギー消費は減少傾向を続けるのではないかと、この数字を見る限りは考えられるが、潜在的な原単位変動要因として高齢化がある。
令和3年版の高齢社会白書(2)によると、65歳以上を高齢者と定義した場合、2020年時点で我が国の高齢化率は28.8%で、その後、総人口が減少する中で高齢化率は上昇を続け2050年に37.7%、2065年には38.4%に達して国民の約2.6人に1人が高齢者となると推計されている。この値は世界で最も高い。また家庭のエネルギー消費は世帯が排出原単位であり、高齢化を世帯単位で見ると人口よりさらに深刻で、世帯主年齢が65歳以上を高齢世帯とすると、2040年時点で世帯の半数近くが高齢世帯である[図表2]。
高齢化は医療や社会保障の面でさまざまな問題が指摘されているが、エネルギー消費の面でも同様で、我々は高齢者のエネルギー消費について調査を重ねてきた。
ライフスタイルとエネルギー消費量
家庭のエネルギー消費に影響を与える要因として、年齢や世代は重要なデモグラフィック属性であり、古くから検討されている。例えばイギリスでは、ベビーブーマー世代の特徴が分析されている。彼らは、所得が高く、住宅を所有してそこに最期まで居住し続け、リタイア後は快楽を追求したいという世代であり、エネルギー消費量はかさむ。車も所有したい世代で、いつまでも運転を続けるとしている(3)。EU 内ではイタリアが最も高齢化しており、世代に関する議論が比較的行われている。
例えば、イタリアの戦争経験世代は質素だが、ベビーブーマー世代は、熱的快適性充足ニーズが強く、暖房需要を増加させる要因となり、レジャー支出も大きいために運輸部門の需要も増加させる要因となるなど、今後の高齢化に伴いエネルギー需要は増加するだろうとしている(4)。またイタリアはEUの中で最も自動車保有率が高いが、特に第1次ベビーブーマー・第2次ベビーブーマー世代で高く、ミレニアル世代は低いと指摘している。ミレニアル世代は環境志向が強く、車をステータスシンボルとは考えないために保有することはせず、公共交通機関を使う傾向があるのだという。よってイタリアでは第1次・2次ベビーブーマー世代がリタイアするにつれてエネルギー需要が増加する傾向があるが、それらの世代がいなくなる頃、減少傾向に向かうであろうと推察されている(5)。
日本においては、我々が環境省の二酸化炭素排出量の推計に係る実態調査(6)を用いて、65歳以上の単独世帯および、どちらかが65歳以上の2人世帯について分析した結果、それ以外の世帯に比べて在宅時間が長い、住宅が古くて大きい、家電も古くて台数が多い、など一般に増エネを規定する特徴が確認されている(7)。さらに、高齢化が進む中、医療費削減の観点からも高齢者の健康管理は重要課題であり、そのために屋内の熱的環境の適切な管理の必要性が指摘され、室温が血圧上昇や動脈硬化リスク、骨折や捻挫などにまで影響を与えるという報告がある(8)。よって高齢者の健康という観点だけで考えれば、たとえ増エネになったとしても宅内の温度はある一定温度を常に保つこと、宅内に温度格差を作らないことなど、空調機器は潤沢に使用することが好ましいという判断となり、空調の使用時間が延びたり、室温も夏は低めに冬は高めに設定したりするということになりかねない。そしてそれが断熱・気密性能の悪いスカスカな住宅であった場合、在宅時間の長い高齢世帯において、空調負荷はさらに増大することとなる。
日本の住宅の断熱・気密性能は低い
冬季の気温が低い欧米諸国では、住宅の断熱・気密性能を高め、暖房効率を高めることは、社会保障の一部と捉えられており、住宅と暖房はセットで考えられている。それに対して日本の気候は温暖であり、夏の暑さ対策を旨としてきたことなどから、一般に断熱・気密性能が低いといわれている。特に省エネ基準が適用される前の古い住宅には、断熱材が全く入っていない住宅さえある。そして北海道などの寒冷地を除いて、宅内の温熱環境は住宅性能が大きく寄与するという発想が住人に乏しく、快適性はストーブやエアコンなどの空調機器で実現するものだという感覚が強かった。欧州の8万件の住宅を対象に実施したある調査結果(9)では、室内温度が20℃、外気温が0℃のとき、暖房を切った5時間後の室温の下落は、ノルウェーやドイツの1℃に対してUKでは3℃であり、UKの住宅は性能が低いという指摘がなされていた。我が国ではどうだろう。10℃くらい簡単に下がる家は多いのではないだろうか。
我が国で「高気密・高断熱」というと、夏が暑くなるのではないかと捉えられる傾向があるが、高気密・高断熱住宅では屋外と屋内の熱の出入りが減少するので、冬は暖かく夏は涼しい状態を保ちやすい。ホットコーヒーは熱く、アイスコーヒーは冷たく保つ魔法びんの機能のようなものを想像してもらえればわかりやすい[図表3]。
高齢者の住まい
在宅時間が長い高齢世帯にとって、断熱性能の向上は快適性にも省エネにも極めて重要であると考えられるが、上述したように古い家ほど断熱性能が低い傾向がある。そして高齢者ほど現状維持バイアスが大きく、今までの習慣を変更するのが難しい傾向があること、住宅を改修するなど大きな計画が立てづらくなる傾向があることなどが、我々の調査で明らかとなっている。
例えば、冬季に非常に寒い住宅であっても、今まで何十年も灯油ストーブを多用する生活を送ってきて、そのような生活を普通だと考えているので、寒いと認識していないし、それを改善しようとは思わない。また住宅のリフォームといえば外装の塗り替えや耐震補強は想起されるものの、断熱改修という発想はなく、必要もないと考えている、などである。
さらに高齢者の住宅は古いというほかに、大きいという点もある。以前は夫婦と子どもで暮らしていた住宅も、今では子どもが巣立ち夫婦のみ、もしくは独りになっている例が多い。しかし夫婦2人もしく独り暮らしにとって大きな家であっても、長らく住んだ家には愛着があり、住み替えようという発想には至らない。住宅の面積が大きければそれだけ空調負荷は大きくなり、古くて大きな家を断熱改修するには、大きなコストがかかる。
高齢者の約7~8割は介護度が認定されていない自立した高齢者で(11)、高齢者の持ち家率は8割を超えており、将来身体機能が衰えてきた際に介護を受けたい場所について調査した結果では、8割近くが自宅を希望すると回答している(12)。すなわち、古くて大きい住宅に高齢者は長期間住み続ける可能性が高い。
長寿命化が進む中、現在70歳の高齢者であっても90歳まで生きると考えれば、その家に20年間住み続けることになる。では空調需要の大きくなる住宅について、どうすれば健康寿命も損なうことなく、省エネが実現可能なのだろうか。
住み替えという発想
住宅の建て替えやリフォームをして断熱性能を向上させるほかに、高齢者の快適性と省エネを両立する手段として、高効率で小さい住宅への「住み替え」を我々は提案している。古くて大きい住宅を改修することが困難であるなら、高齢者のライフスタイルに見合った大きさで、機能性・快適性を併せ持つ住宅への住み替えをしてはどうか。
現在、後期高齢者に差し掛かろうとしている団塊の世代が住宅を購入した時代は、郊外の庭付き一戸建てが流行していたこともあり、比較的郊外の公共交通が不便なところに住む世帯も多い。公共交通が不便であれば自家用車を使用することとなり、ガソリン消費につながるとともに、昨今の高齢ドライバー事故の心配なども生じてくる。よって車の運転に不安を覚えてきているようならば、公共交通の便のよい地域へ住み替えというのはどうであろうか。
ただし我々が提案するのは、後期高齢者になってからの住み替えではなく、仕事をリタイアする頃、60~70歳くらいの体力的にも経済的にも余裕がある准高齢者の住み替えである。後
期高齢者になってからでは、どんなに温熱環境の悪い住宅に住んでいたとしても、何十年もそこに居住して、生活パターンが習慣化していると、それが本人にとって快適であり、それを変更することのほうが逆にストレスを生じて健康寿命を縮めかねない。後期高齢者にとっての転居は、減少しつつある身体的、経済的、ならびに人的資源を用いて生活の全体を再編成し、新しい地域で生活に適応しなければならない。
そのため大きなストレスを感じ、危険なものとなる可能性を秘めているとして、高齢者のリロケーションに警鐘を鳴らす指摘もある(13)。高齢者がリロケーションによって死に至る例は、医療分野ではよく確認されるという。かなり高齢になってから、自立生活に不自由を感じ、やむを得ず住み替えをするのと、自立した生活を長く楽しむために元気なうちに住み替えをするのとでは、大きく異なる。住み替えをするには、なるべく早い時期に実践することが重要であると考える。
住み替えへの抵抗
若い頃に住まいを購入してから20〜30年が経ち、家族のライフスタイルも自分の身体機能も変化が生じてきている60〜70歳頃では、住まいへのニーズが変わり、古くなった住まいへの不満も出てきている。ちょうど住まいも老朽化してきていることから、住まいを見直すには非常によい時期だと思う。我々は、高齢者の住宅を何とか改善できないものかと調査を行ったが、後期高齢者の場合は、住まいのことを尋ねても現状維持を主張し、大きな改善や変更を受け入れられない様子であった。
よってもう少し若い世代に働きかけるべきでだという観点から、60~70歳において家を保有している世帯への調査を行った。その結果、老いとともに迎える変化に備えて、今後も快適な生活を送れるように準備をしようであったり、住まいを変更しようであったりという発想はほとんど聞かれなかった。なぜこの准高齢者世代においても老後を考えての住まいの変更・改修というのは難しいのか。
最も大きいバリアは、老性自覚(自らの老いを自覚して受け入れること)への拒否感である。老いを意識し始めるのは概ね60〜70歳前半であるが、老人と呼ばれても抵抗を感じない年齢は75歳以上といわれており、この調査対象者は老性自覚をするには少し若い。老後のために住まいを備えるという発想は、高齢になればなるほど認知機能的にも経済的にも難しくなるが、若年になればなるほど、今度は老性自覚が難しくなるようである。老いのイメージは「暗い」「悲しい」「退屈」など否定的なものが現代社会のステレオタイプとなっているため、まだ身体的にも社会的にも老いをさほど感じていない准高齢者にとっては、受け入れられないのであろう。
寿命の短かった時代には長生きすることは例外的で、働いて、子どもを育てて、としているうちに寿命が尽き、老後をどうしようかなどと考える猶予はなかった。そして古来、老人は家族に扶養され隠居生活を送る習慣があり、年寄りが自分の老後の住まいを心配する必要もなかった。しかしながら現代社会では核家族化が進み、高齢者のみの世帯、高齢単独世帯が増加傾向であり、長引いた老後を自分たちのみで生活していく必要に迫られる事態となっている。
また住宅というものに対する思いや考え方の問題がある。「フリダシは新婚時代の小さなアパート、子どもが生まれる頃に少し広めの賃貸マンションに移り、やがて分譲マンションを手に入れ、それを売り払って庭付き一戸建てを手に入れたところでアガリ」。これは現在の高齢者が典型的な住宅の住み替えパターンであると信じてきた「住宅すごろく」と表現されるものである(14)。
現在の高齢者の持ち家率は8割を超えており、アガリである今の自宅に今後も住み続けたいと考えている。我々の調査でも、住まいが自分の城のような存在で、苦労して手に入れた城を手放すということに抵抗がある様子であった。郊外の持ち家一戸建てで子ども夫婦と一緒に住めるのならば終の棲み家であったのだが、そうでなければ店舗や病院が遠く、交通の便が悪く、住宅の維持管理費、冷暖房費もかかって、とてもアガリとはいっていられない状況である。
住宅すごろくが前提としていた家族像も今では崩壊し、ゴールがゴールではなくなっているが、若い頃からアガリを目指して頑張ってきた世代にとっては、アガリのその次をとても考える気持ちにはなれないのかもしれない。長い間思い描いていた考えを、特に歳をとってから変更することは非常に難しいように感じる。
人生100年時代の住まい
現代社会では核家族化が進み、高齢者と同居しない世帯が増えた結果、日常生活の中に異世代とのコミュニケーションが減り、歳をとるということがどのようなことなのか、学習する機会が減っている可能性がある。よって自分の老後というものが想像できないのかもしれない。人生100年時代の資金計画などといったお金に関する話はよく聞かれるが、住まいについても100年計画で考える習慣というものを定着させることが必要だと思う。30~40歳頃で家を持ち、子どもが巣立ち、自分が定年を迎える頃まで約20~30年間住み続け、住宅へのニーズも異なってきた頃に、その後20~30年程度住み続ける住まいを考える、というようにである。
「高齢者だから、それに見合った住宅を」というと、上述したように老性自覚が難しくなり、60代ではまだ高齢者と自分を認識したくないというバリアが生じる。よって仕事のリタイア時期には、ライフステージの転換期なので住宅を見直す、第二の人生をよりよく生きるための住宅を用意する、といった発想が必要なのではないだろうか。歳とともに認知機能が衰えてくると、引っ越しや住み替えなどの大きな作業は難しくなってくるが、逆に若くて元気だとまだ先は考えられない。その境目を自分で見極めるのは非常に難しい。社会制度として、社会の風潮として、ある一定年齢になると住み替える、そのようなムーブメントを作るべきではないかと考えるが、いかがだろうか。
今後、これまでの高齢者と異なる価値観やライフスタイルを持った世代が高齢期を迎えるようになれば、また住宅の問題も変わってくる可能性はある。例えば、持ち家にこだわることもなく、シェアハウスなどを転々としながら多拠点生活をする若者が存在する。このような若者が高齢期を迎えれば、高齢期だから住み替えというわけではなく、普段から自分たちのライフスタイルに合わせて住宅を住み替えるという行動をとるかもしれない。
しかし幼少期に注文戸建住宅に住んでいた人は、成人になっても注文戸建住宅を選ぶ傾向が強いなど、自分の実家の住宅形態の記憶がその後の住宅形態に影響を与えるという報告もあるため、住宅すごろくが様変わりし、戸建定住派が減っているとはいえ、今後も一定層は住宅を所有することを選択する可能性は高い。
現在の40〜50代はもう既に住宅を保有している世代で、2050年には70~80代を迎え後期高齢者となる。今の高齢者の行動変容がたとえ無理だとしても、この世代はまだ変更できる可能性がある。住宅のように購入価格が大きい財への考え方は短い期間でそう簡単に醸成されたり、変更できたりするものではない。家庭からのCO2排出削減を考える上で、住宅は極めて重要であり、早めの対策が必要である。
おわりに
エネルギーという観点からは、少し離れた議論になってしまったかもしれないが、家庭部門のエネルギー消費について、高齢化や住宅という側面から申し述べた。カーボンニュートラルを実現するには、自然にあるものをあるがままに受け入れる姿勢が、必要になってくるのだと思う。太陽が出ているときに太陽エネルギーを使う、風が吹いているときに風のエネルギーを使う、といったようにである。そしてこのような生活は、季節変化が顕著な日本では比較的受け入れやすい生活のように思う。天気予報をこんなによく見るのは日本人ぐらいだと聞いた覚えがあるが、筆者も今日はお天気がよさそうだから洗濯しようと、無意識に天候に合わせた行動をしている。
先日、高気密・高断熱住宅が、なかなか普及しないバリアに何があるのか探索的な調査をしていた際に、高気密・高断熱住宅には、上述したように夏に暑くなるイメージがあるとともに、外界と遮断されることに抵抗感があるように感じた。そういえば伝統的な日本家屋には雪見障子という大きなガラスがはめ込まれている障子がある。寒い冬でも家の中から雪を眺めたいのだ。春夏秋冬の季節を楽しむ習慣のある我が国では、自然の営みに身を委ね、外気を屋内になるべく取り入れたいという気持ちが潜在的にあるように思う。だから現在日本で新築される住宅でさえも、窓が非常に大きいものが多く、南面大開口というのが好まれると聞く。
ある日本在住のドイツ人の先生が、「日本人は自然崇拝的で、人間は自然の一部にすぎず、人工とはあまりにも卑小なものという感覚がある。だから日本庭園には人工構造物を持ち込むことはあまりなく、“あるがままの自然”のほうが好まれる……それに対してドイツでは、人間が中心で自然が周辺という感覚がある。気候が比較的安定しているヨーロッパでは、自然は従順で制御可能だという意識がある。よって庭の木々は規則正しく、シンメトリーな形となる……気象への潜在的な不安があり、それから地球環境問題への警告や人間活動の変更の必要性を感じ取るというのは、日本人独特の感性である。環境は管理し制御するものだというヨーロッパの感覚にはない感性である」と述べていた(15)。
高齢化という課題先進国であり、エネルギー資源に恵まれないなど、我が国には乗り越えなくてはならない課題も多い。されど緯度が高い国々と比較して、夏と冬で日照時間に大きな差はなく、寒さもさほど厳しくない。自然との協調が受け入れられやすい気質があるなどアドバンテージもある。大きすぎる目標に悲観的な声も少なくないが、我が国ならではのカーボンニュートラル実現による明るい2050年に向けて、研究に邁進していきたいと考えている。
〈注〉
(1) 資源エネルギー庁 令和2年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2021) https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2021/
(2) 内閣府 令和3年版高齢社会白書 https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2021/zenbun/03pdf_index.html
(3) N. Hamza, R. Gilroy, The challenge to UK energy policy:An ageing population perspective on energy saving measures and consumption, Energy Policy. 39 (2011) 782–789. https://doi.org/10.1016/j.enpol.2010.10.052.
(4) R. Bardazzi, M.G. Pazienza, Switch off the light, please!Energy use, aging population and consumption habits, E n e rg y Eco n . ( 2 0 1 7 ) . h t t p s : / / d o i . o rg / 1 0 . 1 0 1 6 /
j.eneco.2017.04.025
(5) R. Bardazzi, M.G. Pazienza, Ageing and private transport fuel expenditure: Do generations matter?, Energy Policy. 1 1 7 ( 2 0 1 8 ) 3 9 6 – 4 0 5 . h t t p s : / / d o i . o r g / 1 0 . 1 0 1 6 /j.enpol.2018.03.026
(6) 家庭部門のCO2排出実態統計調査( 家庭CO2統計)https://www.env.go.jp/earth/ondanka/ghg/kateiCO2tokei.html
(7) Y. Yagita, Y.Iwafune, Residential energy use and energysaving of older adults: A case from Japan, the fastestaging country, Energy Research & Social Science, Volume 7 5 , 1 0 2 0 2 2 ( 2 0 2 1 ) h t t p s : / / d o i . o r g / 1 0 . 1 0 1 6 / j .erss.2021.102022.
(8) 安井 功, 健康住宅 足元が寒い家で不健康, 日経ホームビルダー, 238, 52-57, (2019)
(9) tado, UK homes losing heat up to three times faster than European neighbours https://www.tado.com/gb-en/ press/uk-homes-losing-heat-up-to-three-times-fasterthan-european-neighbours
(10) 住宅省エネルギー技術講習テキスト 基準・評価方法編[第2版(令和3年3月)](改正)平成28年省エネルギー基準対応
(11) 東京大学高齢社会総合研究機構, 東大がつくった高齢社会の教科書,p.23 東京大学出版会( 2017)
(12) 平成30年度 高齢社会白書 第2節 高齢期の暮らしの動向 https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2018/html/zenbun/s1_2_2.html
(13) 安藤孝敏ほか, 地域老人における転居と転居後の適応, 老年社会科学,16-2, pp.172-178(1995)
(14)「住宅双六」以降の30年-「現代住宅双六」は如何に, 住宅, 56(1)7-12(2007)
(15) Feuerherd, Karl-Heinz, 中野加都子 環境にやさしいのはだれ?: 日本とドイツの比較, 技報堂出版(2005)