はじめに
近年、eスポーツは急速に普及し、産業界のみならず教育界においてもその意義が世界的に議論されている。体育・健康・スポーツに関わる研究分野においても2019年日本体育学会第70回大会ではeスポーツに関する国際キーノートレクチャー、シンポジウム、ランチョンセミナーなどが催され、若手のみならず多世代の研究者の間で議論され、さらに関連学会、学術雑誌等でも特集号が組まれている。
著者らはこれまでにスポーツ熟練競技者を対象とした研究を進めてきた中で、フィールド上ではトレーニングすることが難しいといわれる「知覚- 認知スキル」の獲得において、日本を代表する選手が小さい頃からゲームをしていたことが好影響をもたらしているという話を聞いたことから、ゲーム(eスポーツ)の持つ可能性について興味を抱き、数年前より調査を始めた。特に大学授業としても2018年からeスポーツマネジメント人材の育成を目指した寄附講座を開設し、2019年にはeスポーツコンソーシアムおよびラボを立ち上げた。
内閣府の定めた科学技術基本計画によると、現在は「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」というSociety 5.0の実現を目指している時代であるが、この未来社会においてはIoT(Internet of Things)で全ての人とモノがつながり、さまざまな知識や情報が共有され、今までにない新たな価値を生み出すとされている。スポーツ界でも高度なセンサ、データ分析、ビデオ判定、VRといった多様な情報技術が現場で活かされている中で、eスポーツが注目されることは必然であったといえるだろう。ここ数年のeスポーツ市場規模はまさに右肩上がりであり、2017年は700億円程度であったが2019年には1,200億円となった。
ここ2年間はコロナウィルスの影響もあり一部停滞したものの、今年からは復調し2024年頃には2,000億円規模にもなると予想されている。特に市場規模が大きい北米や中国、韓国、ヨーロッパが現在のeスポーツ界を牽引しているが、アジアや南米の成長率は著しく、今後に期待されている。一方、日本の市場規模は中程度で、成長度合いも比較的緩やかである。
また、2018年にインドネシアで行われたアジア大会ではデモンストレーション競技としてeスポーツが採用され、サッカーゲームの「ウイニングイレブン2018」にて日本代表選手が金メダルを獲得した。日本国内でも2019年の第74回国民体育大会をはじめとするスポーツ競技大会でeスポーツが採用され、2026年の日本でのアジア大会でもeスポーツ競技が公式種目として検討されている。さらに2021年5月には夏開催の東京五輪に先駆け、Olympic Virtual Seriesと題されたeスポーツ競技大会が開催された。これまでIOCは「ゲームは暴力性の問題がある限り、五輪種目には採用しない」と距離を置いていたが、いわゆるスポーツゲームとして野球の「実況パワフルプロ野球」、自動車レースの「グランツーリスモ」等が競技種目として採用されたことは特筆すべきことであった。
学術的な背景
これまでにどのような先行研究があるのか? 論文検索エンジンであるPubMedにて「esport」もしくは「video game」のキーワードでトレンドを見てみると、ほぼ右肩上がりで論文数は増えており、近年では年間1,000本を超える論文が出版されている[図表1]。
初期に出版された論文は暴力的なコンテンツを含むゲームが与える悪影響に関する報告も多く、ゲームをすることで短期的にも長期的にも社会的行動に大きな影響を与えていることを指摘する論文もある(Greitemeyer &Mügge, 2014)。しかしながらメタ分析を行った研究からは、子どもたちに対するゲームと暴力性、メンタルヘルス、学力との関係性は統計的にも弱いものであり、何らかの政策を提言するまでには至らないとされている(Ferguson, 2015)。
近年になるとゲームをすることによる好影響に着目した論文も増えており、従来の熟達化研究として注目されてきたチェスのエキスパートが有する知覚、認知、記憶といった能力の比較対象にもなりえるとして、eスポーツは21世紀のチェスであるという主張(Pluss et al., 2019)や、認知神経科学的な熟達研究の課題解決に寄与できる(Cambell et al., 2018)といった可能性も見出されている。
特にeスポーツをすることにより認知機能をはじめ、動機、情動、性格といった心理的な側面における向上が見出されるといった報告(Granic et al., 2014など)や、視覚機能としての知覚、認知、記憶において良い影響をもたらすことを実証した報告(Bediou et al., 2018など)は極めて興味深い。
知覚-認知スキル
これまで著者らはスポーツ競技という時間的および空間的に極めて厳しい制約の下で、いかにして競技者は迅速かつ正確に判断や意思決定、身体運動を行っているかという「知覚-認知スキル」に着目し、トップアスリートらを対象に各種実験を行ってきた。そして、例えば日本代表クラスのサッカー選手が日常的にサッカーゲームをしているという実情から、実競技に対しても何らかの影響を及ぼしているのではないかという点に興味を抱き、eスポーツも対象に研究を進めている。
特にサッカーゲーム(「FIFA」もしくは「ウイニングイレブン」)を取り上げ、eスポーツのプロ選手を対象に予測や意思決定、視線計測による知覚- 認知スキルについて検証を行ったところ、試合中におけるフィールド中央付近からの攻撃場面において、司令塔的な思考の特徴を持つ熟練者Aはフィールド全体に注意を向けるべく、ボールや選手といった対象のみならず、何もないスペースに対して視線を向ける割合が多く、より広い範囲へ視線を移動させるといった、いわゆる俯瞰的に捉えようとする傾向が強いことがわかった。また、よりフォワード的な特徴を持つ熟練者Bは味方選手同士の動きに注意を払い、常にゴールまでのプレーを模索するような動きが見られた[図表2,3]。
一方、サッカー競技経験が豊富な大学のサッカー部に所属する選手はボール保持する味方(自身の)プレーヤーに対して多くの時間視線を向け、視線が及んでいる範囲も狭い傾向にあった。eスポーツの熟練者のような全体を俯瞰して視野全体の中心部に視線を位置づけ、空間的にも時間的にも広い視野を確保するような振る舞いは、日本や世界を代表するミッドフィルダーのサッカー選手にも見られている。また両熟練者は次のプレー、さらには2手先のプレーを積極的に探るような視線の動きが見受けられ、インタビューの中でも相手の動きを探りながら自身が主導でプレーを進めるために先を見ることを心がけているという点を強調していた。このような「先を見る」というストラテジーはリアルなスポーツ競技熟練者にも共通するスキルであるといえる(加藤ほか, 2015)。
特にeスポーツにおいては現実のスポーツよりも厳しい時間的制約があることから、優れたパフォーマンスを発揮するためには重要な情報源に対して適切に選択的注意を向け、より短い時間で最適な意思決定を行う必要があるが、熟練者は現状況に関する記憶表象を高速に想起するためにより短い注視時間を示し(長期ワーキングメモリ理論)、広い視野を活用し、広範囲にわたる情報を獲得するために最初の注視までの時間は短く、長いサッケード(高速な視線移動)距離を示す(イメージ知覚の全体モデル)(Gegenfurtner et al., 2011)といった特徴も見られている。
eスポーツの熟練者もチェスのエキスパートのように特定の場面における情報の符号化、貯蔵、検索を効率的に行っているとしたら、結果としてリアルなサッカー選手が持つよりも迅速で、正確な記憶再生(van Maarseveen etal., 2015)を可能としていることも考察できる。
eスポーツ選手の知覚- 認知スキルがリアルなスポーツ選手を凌駕する可能性として、野球ゲームを取り上げたい。日本では人気のある野球であるが、ゲームの世界でも古くから親しまれており、2018年には日本野球機構(NPB)の協力のもと「eBASEBALL プロリーグ」が開催された。
この時に採用された「実況パワフルプロ野球」というゲームは幅広い世代で人気があり、著者の研究室に所属していた大学体育会野球部の学生もよくプレーしていた。
そこで、プロ選手として活躍するeスポーツ競技者は打撃時にどのように視線を動かしているのか調査を行ったところ、熟練者(プロeスポーツ選手)は、野球部員であるゲーム中級者や初心者に比べて、サッケードの回数が少なく、サッケードの速度および振幅も小さい特徴を示していた[図表4]。
また視線の移動の特徴に着目すると、投球フェーズ(投手がボールをリリースする前)において熟練者は視線を常にストライクゾーンにとどめており、手がかり(Cue)となる投手の投球動作や、投球されたボールそのものは周辺視で捉えようとする傾向が強いことがわかる[図表5]。
リアルな野球の打撃場面では、高速に移動するボールを正確に捉えるためには、投球がリリースされる前に動きを予測するための情報を収集し、ボールの移動よりも先行して視線を動かすことが重要となるが、eスポーツ選手はさらにその上を行くような動きを見せており、本人らも特に意識して目を動かしていないところに知覚- 認知スキルのコツが見られる。
さらに近年ではスマートフォンをはじめとするモバイルゲームでのeスポーツ競技が増えており、今後もさらなる発展が予想されているが、「eBASEBALL プロリーグ」でも2021年には「プロ野球スピリッツA」というモバイルゲームが採用された。著者らも同リーグのプロ選手の評価研究に携わり、上記研究成果とほぼ同様に、プロ選手の打撃時にはインパクト地点にあらかじめ視線を置きつつ、突然の変化にも素早く反応し、適切な打撃動作を行っている振る舞いが観測されており、モバイルゲーム端末の新たな可能性も見出されている。
ヘルスケア分野への応用
日本は任天堂やソニーといったゲームコンソール大手をはじめ、多くのゲームデベロッパーが存在しているにもかかわらず、世界に比べると日本のeスポーツ業界は後れをとっているといわざるを得ない。
その要因として、(1)ゲームに対する罪悪感や後ろめたさといった心象が背景にある、(2)独特のゲーム文化が築き上げられており、競技性が比較的低いRPGやパズルゲームの人気が高く、ゲーム産業が国内のコンソール(家庭用ゲーム機)市場を重視している(世界はPCゲーム)、(3)景品表示法や風適法といった既存の法律の制約により大きな賞金が出せない(選手が受け取れない)、(4)eスポーツとしての歴史が浅いため大口スポンサーが乏しく、いまだに試行錯誤している(主なユーザが若年層であるため信頼に乏しいことも)といった点が挙げられているが、eスポーツをヘルスケア産業の分野で活用しようとする動きが注目されている。
著者らも日本アクティビティ協会によるさまざまな高齢者施設での取り組みに賛同し、2019年から品川区大井町における「みらいのまちをつくる・ラボ(慶應義塾大学SFC 研究所)」の活動として、毎週月曜日に高齢者を対象とした健康講座を実施し、その中で各種ゲームを用いたアクティビティについて検討を行ってきた。
コロナ感染対策のため2020年3月から中止となっているが、これまでに56回開講し、のべ628人に参加していただいた。特に高齢者の知覚- 認知スキルに対する影響に着目し、「太鼓の達人」というリズムゲームを約10週間にわたって継続的に使用してもらい、遂行機能や注意機能といった能力にどのような変化をもたらすのかについて調査を行った。
検証には簡易Trail Making Testおよびストループ検査を用いたところ、タスク完了までの平均所要時間がそれぞれ81.4%および83.5%程度に減少していたことから、単純なゲーム利用によって知覚や認知に影響を与える可能性が示唆された。
これに加えそのほかで得られたエビデンスを併せて、「太鼓の達人」は第1回健康ゲーム大賞を受賞している(日本アクティビティ協会, 2019)。またこのような高齢者によるeスポーツの活用は世界的にも日本特有の一面があり、NHK の番組や各種新聞、Wall Street Journal 等でも取り上げられている。
世界では平均年齢70歳を超えるプレーヤーが参加するシニアのeスポーツ大会なども開催されており、特にスウェーデンのSilver Snipersという高齢者のFPSチームにはスポンサーもついており、文字どおり現役プロ選手として活躍している。さらなる高齢化に向かう現状の中で、おそらくこのような例は今後も増えていくと思われるが、eスポーツの新たな可能性が期待される。
ゲーム内広告の効果
特に産業界においては、とりわけeスポーツの今後の展開が期待されているが、メインターゲットとなるZ 世代はその約8割近くがゲームを経験しており、ほかの娯楽よりもエンゲージメントは高く、他国に比べても日本人のプレー時間は長いといわれている。また、Z 世代ではオンライン動画の視聴時間も長く、好きなジャンルのトップがゲーム実況であるともいわれている。
そのような背景からもeスポーツが持つ特性を活かしたマーケティングの戦略として注目されているのが「ゲーム内広告」である。eスポーツ大会等ではスポンサーによる広告が既に活用されているが、ゲームそのものの中に広告を組み込む手法はいまだ多くなく、特に意図的に商品名などをゲーム内で掲示するものは稀である。
しかしながら先述の「eBASEBALL」では既存の野球スタジアムをそのままの形でゲーム内に再現していることから、現実の看板をゲーム内で見ることができる。著者らはゲーム会社およびコンサルティング会社とともに、リアルなプロ野球中継とeスポーツの「実況パワフルプロ野球」プレー画面を用いて、掲示される広告に対する視聴者の注視の様相と生体の反応、記憶について実験的に検証を行った。
具体的にはバックネット広告に提示されるメーカー名に対する注視回数、注視時間、その際の精神性発汗、表情等を分析し、動画視聴後のヒヤリングで印象に残った広告等を確認した。注視に関してはプロ野球中継の広告に対してより大きな値となったが、露出回数、時間が少ないパワプロのほうが記憶に残った広告が多い結果となり、コンサルティング会社の算出では、看板効果はほぼ同程度であることが示された(ニールセンスポーツ, 2021)。
この報告がプレスリリースされた直後にさまざまなメディアでも取り上げられ、企業のみならず官公庁でも注目されている。今後もこのようなゲーム内広告をはじめ、Z 世代を中心としたユーザに向けた広告価値のより幅広い検証が期待される。
おわりに
さまざまな領域においてeスポーツが盛り上がりを見せてはいるが、いわゆる「スポーツ」として認識されるまでには至っていないのが現状である。例えばゲームがもたらす負の影響(ゲーム障害など)はいまだ解決されていない。しかしながら本稿でも述べてきたとおり、ゲームが持つ潜在的な可能性は十分研究として取り組むに値するものであり、いわゆる「ゲームをすることで何に良い影響をもたらすのか」を明確に示すことが今後期待される。
また、サイバー空間とフィジカル空間の高度な融合を目指すSociety 5.0の実現において、サイバースポーツとしてのeスポーツとリアルスポーツの相互作用がもたらす影響についても注目すべきである。先述したように、eスポーツ競技者が特定の知覚- 認知スキルにおいて熟練スポーツ選手を凌ぐ特徴を示すなど、ヴァーチャルな環境がもたらす特異的な振る舞いも見られている。
これまでも自動車のレースゲームである「グランツーリスモ」の大会にて好成績を残した選手をF1などの実車レースに参戦させようという取り組み(GTアカデミー)では、実際にプロレースドライバーとして活躍するような選手を輩出している。視覚機能をはじめ予測や意思決定に寄与するeスポーツは、知覚- 認知スキルトレーニングの発展としても利用できる可能性があり、異種目への正の転移が期待できる。
一方で、リアルなスポーツ選手が引退を機にeスポーツ選手に転向し活躍する(例えばFIFAオランダ代表でもあるアヤックス・ボブ選手など)ケースも増えてきている。今後もサイバースポーツとリアルスポーツの相互作用がもたらす新たな可能性に期待したい。さらに、eスポーツメインターゲットの若年層のみならず、高齢者や障害者などへもeスポーツの実施機会を増やし、ダイバーシティを実現するような「eSports for All」という環境構築を目指していくことも今後の課題である。
〈参考文献〉
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