新時代における 広告コミュニケーションの転換

2022年11月 8日 11:08 Vol.81
   
尾崎 徳行
博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 hakuhodo-XRリーダー/クリエイティブディレクター
Noriyuki Ozaki
1998年博報堂入社。以来、100を超える企業やブランドのブランディング、統合コミュニケーション、商品・サービス開発などに従事。多様なクリエイティブ領域の経験を生かして、新しい体験価値の創造を実践している。10年来の新幹線通勤から、現在はリモート通勤生活に。伊豆と家族を愛する4児の父。ACC賞、文化庁メディア芸術祭、JACE経済産業大臣賞、日本空間デザイン賞、The Webby Awards、Cannes Lionsなど受賞。

コロナ禍をきっかけに、リモートによるコミュニケーションが拡大した。デジタル技術の発展は、ネットワークを介したコミュニケーションの精度を向上させ、リアルの世界にそっくりな仮想空間も増え続けている。今後、その流れが加速すれば、広告ビジネスはどう変化していくのか。コミュニケーションの歴史的な転換期といえる現在、メタバースが持つ可能性を広告的な視点から語っていただく。
text: Masashi Kubota photograph: Masahiro Miki                                                       

 
 
 
 

「hakuhodo-XR」の創設

―尾崎さんは博報堂DYグループでメタバースなどバーチャル領域のビジネス開拓を担う「hakuhodo-XR」のリーダーをされています。グループとしてXR 関連の仕事に取り組み始めたのはいつ頃からですか。

尾崎 hakuhodo-XRは2016年に博報堂と博報堂プロダクツが設立した「hakuhodo-VRAR」が前身になっています。
hakuhodo-VRARはVR(仮想現実)、AR(拡張現実)を用いてクライアントのプロモーションやマーケティングを行う組織という位置付けで、主にクリエイティブ領域における研究開発および実装が中心でした。

―そこから新組織になったのは、何かきっかけがあったのですか。

尾崎 5Gが始まったりテクノロジーの進化により、「XR 領域がビジネスになりそうだ」という機運が出てきたところに、コロナ禍が起きたことで、それが加速されたのです。

それまでも博報堂DYグループ内でARやVRを研究・実装しているチームはあったのですが、それぞれ独自に動いている面も多かった。それをグループ内で束ねていこうということで、2020年7月にグループ横断プロジェクトとしてhakuhodo-XRが誕生しました。

博報堂と博報堂プロダクツに加え、メディアやコンテンツホルダーと強固なパートナーシップを持つ博報堂DYグループの博報堂DYメディアパートナーズ、博報堂DYホールディングス、またデジタル技術に強みを持つHAKUHODO DX_UNITED、博報堂アイ・スタジオ、CRAFTAR(クラフター)、arrova(アローバ)、デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム(DAC)という博報堂DYグループの全9組織が参加。総勢50名超の陣容となりました。

現時点でもまだ過渡期であることには変わりないのですが、何も手をつけないより、始めておいたほうがずっといいですからね。

―hakuhodo-XRのコンセプトはどういうものですか。

尾崎 XRというのは、AR・MR(複合現実)とVRを総称した概念です。hakuhodo-XRでは「生活者インターフェース市場」において、XR 技術を活用したこれまでにない広告コミュニケーション、顧客体験サービスやコンテンツビジネスなど、新しい価値を生み出し、企業・ブランドと生活者の新たな関係を構築することが目標です。

―「生活者インターフェース市場」とは、どんなイメージですか。

尾崎 5GやIoTといったテクノロジーの進化によって、全てのモノがつながり、私たちの生活の新たなインターフェースになろうとしています。テレビやスマートフォン、書籍といった既存の媒体だけでなく、冷蔵庫とかペットボトルとか壁とか、あらゆるモノがコミュニケーションの媒体となりうる。例えば冷蔵庫にモニターと内部センサーを付け、「牛乳がありません」とか「卵がそろそろ切れそうです」などと教えてくれるようになれば、人と冷蔵庫が会話するわけです。これはデジタルでなければ不可能な新しいコミュニケーションの可能性です。XR 領域もこの生活者インターフェースの市場の一つとして捉えています。

―クライアントの皆さんの反応はいかがでした?

尾崎 関心度は非常に高いですよ。中でもメタバースに関する問い合わせは、とても多くなっています。「そもそもメタバースとは何か」「マーケティング上のメタバースの意味は」とか「うちの会社とどう関わりがあるのか」といった声が多く、勉強会や相談ベースで「話を聞きたい」というご要望がメインです。今やキーワードになりつつあるので、「自分たちもどんなものなのか知っておきたい」ということがあるのでしょうね。メタバースの定義自体もまだまだ議論の途上です。

 
 
 
 

三越伊勢丹との取り組み

―実際に何かのビジネスに踏み出すクライアントの割合はどれぐらいですか。

尾崎 まだまだ少ないと思います。こちらの話を聞いて「改めて戦略を練っていこう」となったり、「ちょっとやってみようか」ということで、バーチャルのイベントやプロモーションを試しにやってみたりという段階です。
企業のメタバースへの関わり方としては、「メタバースをブランドのコミュニケーションやプロモーション活動の場」と捉え、短期的にタッチポイントとしてメタバースを使うケースや、「メタバースを一つのビジネスとして新しい事業を生み出す場」にしていくケースなどいくつかあります。

―企業の事例としてはどのようなものがありますか?

尾崎 例えば、三越伊勢丹さんが「REV WORLDS(レヴ ワールズ)」というスマートフォン向けのアプリを提供しており、hakuhodo-XRメンバーのCRAFTARが中心となってお手伝いしています。リアルな伊勢丹新宿店の肌触りを生かしながら「オムニバース」というカタチで、リアルとバーチャルの世界で相乗効果を生み出しています。

―驚くほど細密なCGですね。

尾崎 伊勢丹新宿店を再現した空間で、1階の化粧品売り場や地下の食品売り場などはかなりリアルに再現されていて、馴染みのあるお客さまが驚くほどです。その他のフロアではバーチャルならではの柔軟な空間づくりを行い、多様な楽しみ方ができるように絶妙なバランスで設計されています。

さらに新宿東口の一部エリアの再現もリアルで、アルタビジョンなどもあり、新宿を回遊している気分になります。今まさにこのオムニバースの世界の中で、新しい広告体験の実証実験を進めており、時間と空間を生かしたブランデッドな体験や広告の効果測定の構築法などを開発中です。

 
 
 
 

行政と企業が一体で運営する「バーチャル大阪」

―hakuhodo-XRが関わっているメタバースとしては、ほかにどのようなものがありますか。

尾崎 一例が「バーチャル大阪」ですね。2021年12月にプレオープンしたもので、現在は大阪府と大阪市の監修の下、KDDIさんと吉本興業さん、そして博報堂の3社が運営主体となっています。
バーチャル大阪はスマートフォンだけでなく、パソコンやVRゴーグルでも楽しめます。公式サイト上でアプリをインストールし、アカウント登録すると入ることができます。

―こちらは実際の大阪とは少し違った空間のようですね。

尾崎 このメタバースは大阪のリアルな地形をなぞるのではなく、いわば“いいとこ取り”です。真ん中に太陽の塔があり、戎橋を過ぎると大阪のランドマークが次々と現れるという仕掛けになっています。今年2月に新オープンしたのが「新市街」エリアで、道頓堀の周辺。これからほかのエリアも段々とできてくると思います。

このバーチャル大阪は2025年の大阪・関西万博と連動したもので、大阪を舞台に街や人と連動した実証実験なども視野に入っています。多くの企業に参加いただき、メタバース内に多言語ガイドや専門コンシェルジュを配置するなどして、雇用創出にも役立てようと計画中です。

―いろいろと面白そうな企画ですね。

尾崎 まだまだ今は試行錯誤の最中です。メタバースというと“ 場”のイメージが先行しがちですが、私は実際にはコンテンツがより重要だと考えています。面白いコンテンツがなければ、誰も遊びに来ませんから。今後は在阪の多くの企業と一緒にアイデアを出していき、バーチャル大阪を盛り上げていきたいですね。

   
「バーチャル大阪」は、リアルとバーチャルを通じた新しい生活と文化の共創をテーマとした都市連動型メタバース。KDDI 株式会社、吉本興業株式会社、株式会社博報堂の3社で運営している
 
 
 
 

主役は“人”

―今後、メタバースはどういう方向へ進化していくとお考えですか。

尾崎 私はメタバースには大きな可能性があると感じています。「20年近く前にも似たようなバーチャルプラットフォームがあったけど、何が違うの」という方もいます。しかし、この数年でテクノロジーの進化が飛躍的に進み、高精度のVRゴーグルが手の届く価格になり、スマートフォンの性能も大きく向上しました。そして5G、6Gといった通信環境の進化もありますし、以前より容易にリアリティのある仮想空間体験が可能になっています。

仮想空間に対する皆さんの一般的なイメージは、「フルVRの中で、現実とは少し違った世界を体験できる」というものではないでしょうか。

大別するとオンラインゲームのように、完全なファンタジー(オリジナルな仮想)の世界と、都市連動型、いわゆるデジタルツインのような現実と密接した世界があります。

―御社的にはファンタジー世界と都市連動型、両方をカバーするという姿勢ですか。

尾崎 はい、両方の可能性があると思います。博報堂DYグループには今までリアルな世界で広告会社として培ってきた知見があり、そこが会社としての強みとなっていますので、個人的にはビジネス上の優先順位としては、リアルと連動するメタバースのほうが高いのではないかと考えています。

コロナ禍以前、私は自分なりに「これからはARが来るのでは」と思い、何か業務開発ができないか探っていました。それは「完全なバーチャルであるVRより、現実とオーバーラップしているARのほうが、一般の人には親和性が高い」と感じていたからです。

もっとも子どもたちや若い世代はゲームとの親和性が高いので、この先、ファンタジー型メタバースが若い人たちの間でポピュラーなものになる可能性はある。「スマホネイティブ世代」という言い方をしますが、メタバースもやがて人々の生活に溶け込んでいき、いずれ「メタバースネイティブ世代」が生まれてくるのかもしれません。

―全てを人の手で創造するメタバースでは、リアルの世界以上にクリエイティブが重要な付加価値を生み出すのではないですか。

尾崎 おっしゃるとおり、メタバースでどれだけ付加価値のある新しい体験を提供できるか、これまで以上に価値創造力が問われることになるでしょう。hakuhodo-XRには研究開発畑、ビジネス開発系、マーケティング担当など、幅広い分野出身のメンバーがいます。私はクリエイティブ出身なので、「メタバースの中で何か新しい価値創造ができないか」と日々考えています。

メタバースでは、これまでのテレビや雑誌など2Dの世界から3Dの世界に変わるので、広告制作においても平面のグラフィックスや動画から、立体のCGや体験型コンテンツ主体に移行すると考えられます。今後は広告クリエイティブも全体として3Dに向かっていくのではないでしょうか。

しかしメタバースといっても、「結局、主人公は人だ」と思います。空間の作り込みが強調されがちですが、大切なのはそこで生活者が得られる体験。メタバースにいると楽しかったり、新しい発見があったり、自分の能力が拡張するような体験ができれば、自然と人が集まってくるはず。広告においても重要なのは生活者です。バーチャルな世界で自分がアバター生活者になって楽しめるかどうかがポイントで、そういう意味では場の作り込み以上に、アバターのあり方を研究したほうがいいかもしれません。

―アバターについて、何か面白い試みはありますか。

尾崎 hakuhodo-XRでは例えば「アバターで試着ができないか」と考え、3Dアバターを活用した技術を持つスタートアップであるVRCの協力を得て、3Dアバター試着サービス「じぶんランウェイ」というものを開発しています。

自分自身を3Dスキャンして20秒程度で自分の3Dアバターを作成し、試着してみたいファッションコーディネートをアプリで選択すると、それを着たアバターがランウェイ上を歩くという仕組みです。360度好きな角度から見ることができます。

また1体だけでなく、同時に6体までのアバターにそれぞれ違う服を着せて動かせるので、自分同士の比較も可能です。さらにコーディネートを6着同時にリコメンドしてもらえば、「月曜日はこの服、火曜日はあの服」といった具合にローテーションを組むこともできます。

「服は欲しいけれど、試着が面倒くさい」という人の声も多い。しかも近年はコロナ禍で店舗での自由な試着もままならないことがあります。じぶんランウェイは商業施設、アパレルブランド、雑誌メディアなどへの導入を想定し、プロトタイプとして製作したもの。現在、さまざまなアパレル企業などからお声がけいただいています。

   
自分が試着してみたいファッションを、ランウェイ上で確認・比較できる3Dアバター試着サービスのプロトタイプ「じぶんランウェイ」。試着へのハードルが下がることで商品の検討・購入への時短につながると同時に、利用者に買い物の新たな楽しみをもたらしてくれる

―面白いですね。これは自分で試着する前段階で着る服を選ぶといった、既存のサービスの叩き台として使うのですか。

尾崎 じぶんランウェイでは何着でも気軽に試着できたり、俯瞰したスタイリングのフィッティングを確認したりと、自分に似合うものの発見までを提供できればと考えています。利便性を超えた“ 楽しい”という買い物本来の価値を創造することを狙いました。アバターのウォーキング動画はSNSでシェアすることもできるので、ほかの人とのコミュニケーションにも使えます。

XRでは精度や品質を求められ、気をつけないと技術優先に陥りがちですが、クリエイターとしては、「まず生活者がうれしい体験になっていることが大事だ」と思っています。その点、博報堂DYグループのクリエイターたちは「生活者の視点に立つ」という「生活者発想」が徹底されているのが強みです。

そうした狙いもあって、男性バージョンではライダースジャケット、女性バージョンではゴージャスなドレスなど、リアルではあまり着ないであろうコーディネートもチョイス可能になっています。

当社の社長が自分のアバターがライダースを着た姿を見て、「意外と似合うな」なんて言っておりました。普段は絶対に着ないんでしょうけどもね(笑)。

―ほかの人のそういった話を聞くと確かに親近感が湧きますね。私個人としては、3Dアバターの試着を見て「痩せなきゃ」と思いました。

尾崎 そこは結構課題になるところなんです。3Dというのはリアルですから、ご本人の気にしている部分も映し出してしまう。例えば3Dスキャナーで作られた自分のアバターを見て、「私、足首こんなに太くないわ」となる女性もいます。 

アプリを楽しむ上で、「このアバターが果たして自分なのか」という受容がスムーズにいくかどうかが一つの壁。「これは自分じゃない!」となって素直に受容できないと、ファッションどころじゃなくなってしまいます。その意味では、より気分が盛り上がるように工夫していく必要もあると思っています。

―たとえバーチャルでも、褒められたら嬉しいものですからね。リアルの店舗の試着でも足が長く見えるよう、鏡が斜めになっていたりしますし。

尾崎 アバターにも補正や“盛り”の機能が必要かもしれませんね(笑)。

 
 
 
 

クリエイティブが担う価値創造

―XR 領域の最近のトレンドで、尾崎さんが注目している事例はありますか。

尾崎 個人的に注目しているのはNFT(非代替性トークン)ですね。さまざまなカテゴリーがある中でも、特にデジタルファッションのNFTはメタバースやゲームとの親和性が高く、今後の成長が期待される分野ではないかと思います。簡単に言えば、自分が使うアバターに着せる服とか、履かせる靴ですね。

今年のCannes Lionsの事例でもありましたが、スポーツ用品メーカーがNBA 選手のシューズをデジタル化し販売しました。ここで評価されていたのが、NFTの技術を活用しつつ、複数のメタバースで使用可能なものとしていたことでした。メタバース上でのアイテム販売で議論になるのが、どこでもその商品(デジタルアイテム)が使えるか? 価値を持つのか? です。その意味で普及に向けた可能性の一歩を見せてくれています。将来的には全てのメタバースに共通の基盤が設けられ、メタバース間でNFTをトランスフォームするアプリケーションも開発されるのではないでしょうか。

―デジタル創造物のNFT 化が一般的になると、ますますクリエイティブによる価値創造の重要性が高くなりますね。クリエイティブ出身の広告マンとして、今後メタバースにどう向き合うべきとお考えですか。

尾崎 デジタル技術の使われ方は、これまでは効率性の追求、つまり「いかに非効率なものを効率的にしていくか」というアプローチが中心でした。結果「デジタル化して世の中がつまらなくなってしまった」という人もいますが、それはデジタルを使って効率ばかりを追い求めてきたせいではないか、と私は思います。

私たちはデジタルを使って、「顧客体験をどう変革していくか」に主眼を置きます。今までにないデジタルならではの体験、そこにどう付加価値をつけていくか。つまり価値創造です。

―確かに今のデジタル広告は販促寄りになって、遊び心が失われている感じがあります。バナー広告なども小さすぎて、クリエイティブのこだわりがよくわかりません。でもメタバースは全天周の空間なので、そういう制約はありませんね。

尾崎 さまざまな見方があると思いますが、「クリエイティブのキャンバスが広がっているのだ」と捉えると良いのではないでしょうか。
今までの広告はテレビCMにしろ新聞広告にしろ、枠が決まっていました。その枠の範囲内で効果を追求し、勝負していたわけです。今後は「枠自体をどう作るか」を考えることになります。どこをタッチポイントとして広告や体験をクリエイションしていくのか、そこから考えなければならない。それを「今までの広告を出す場がなくなる」と取る人もいれば、「面白い」と取る人もいます。

私はXRやメタバースは、クリエイティブが付加価値を提供できる次の領域だと考えています。どんどん積極的にやっていけば、きっと面白い世界になっていきますよ。

―尾崎さんご自身が、これからメタバースやXRでやりたいことは何ですか。

尾崎 一つは現実的な話で、「メタバースを経済にどうつなげていくか」ということ。これが現在の最も重要な課題で、ビジネスにならなければ、メタバースの世界も大きくは動きません。

例えば、一部のメタバースの不動産について、私自身もその土地を所有し、登記して資産運用をしてみようかと考えます。値動きが激しく、リスクも大きいのですが……(笑)。バーチャルの所有権を価値化していくということですね。メタバースを盛り上げていく上では、そういうことも大切です。お金が動くと、それが人々のモチベーションになりますから。

クライアントは「メタバースの中で本当にものが動くのか。売れるのか」を気にしています。私がNFTに注目するのも、メタバースという場で実際に経済が動くことに意味があると考えるからなのです。

そしてもう一つ私が思っていることは、「NFTが人と人との絆にならないか」ということです。
ある楽曲を、音符をバラバラにしてNFTとして売ったという事例がありました。曲を作る全部で500以上の音を、1音ずつバラバラに、1音1万円で売り出したんですね。1音だけ買っても購入者には何のメリットもないはずですが、好きな曲を聞いたとき「ああ、ここの音は私が持っているんだ」という満足感が得られる。そんな声もあるように、所有を通じて楽曲やそれを創ったミュージシャンとのつながりが感じられる。それがファンからするとうれしいものなんですね。

―なるほど。NFTであれば、コレクションしても場所は取りませんしね。

尾崎 まだ模索中ですが、1点もののNFTは、場所や日時の認証ができることを生かして、人と人との絆を深める役割も担えるのではと考えています。

最後に、生活者発想を強みにする私たちとしては、「バーチャルな空間を通じて、リアルの空間にいる人たちをエンパワーメントしていく」ことです。メタバースに入り、そこで普段の自分とは違う別の人間になることで、ご自身の新しい可能性を発見していただきたい。
「現実空間での行動に、バーチャルでの経験が反映される」ともいわれます。バーチャルでランニングをしていたら現実世界でも走りたくなって、実際に始める人がいる。男性がバーチャルの世界で女性になり、そこで肌を気にし始めて、現実世界でも美容に興味を持つようになったという話もある。それによって身だしなみに気をつけるようになったのであれば、それもエンパワーメントといえるでしょう。

メタバースの中では年齢、性別、国籍などから解放されます。身体に障害がある方が空間を自由に移動することもできる。バーチャルな世界では身体能力を拡張できるのです。これも新しい可能性になるはずで、それを自己肯定につなげることができないか。メタバースという新しい空間、新しい技術によって、リアルな日常を楽しくし、より豊かな社会をつくっていく。そんなふうに世の中の生活者みんながハッピーになれるアイデアや仕組みを考えていきたいですね。

特集記事
特集記事