Web3社会がつなぐ研究と人と資金

2023年4月 6日 15:34 Vol.83
   
濱田 太陽
神経科学者/(株)アラヤ シニアリサーチャー
Hiroaki Hamada
沖縄科学技術大学院大学(OIST)科学技術研究科博士課程修了。 専門は神経科学(博士)。2022年より、Moonshot R&Dプログラム( 目標9)「逆境の中でも前向きに生きられる社会の実現」(山田PMグループ)のPrincipal Investigatorとして前向き状態に関するモデル化に従事する。 研究テーマは、好奇心の神経計算メカニズムの解明や大規模神経活動の原理解明。 教育や科学の新たな可能性を模索する中で、分散型科学に注目している。 Twitter: @HiroTHamadaJP

 
 
 
 

イントロダクション

科学は我々の生活の基盤の一つになり、イノベーションの源泉になってきた。先進国各国で年々科学予算が上昇する中で、学術雑誌の掲載料の増額、無償の査読等による研究時間の圧迫、研究の再現性の問題など全世界的な問題も明らかになっている。日本においては、高い研究開発予算を割いているものの、論文数がほぼ横ばいであること、博士研究者数の減少など、ほかの先進国と比べて科学における影響力が低下している。

ブロックチェーンや分散型ストレージなどを活用することで分散型社会を志向するWeb3というムーブメントの中で、2018年以降ブロックチェーンなどを利用して、上記で挙げた科学の課題解決を目指す分散型科学(Decentralized Science:DeSci)も誕生した。DeSciを通じて、下記のように幾つかの取り組みが試みられている。

1. 非代替性トークン(Non-Fungible Token:NFT)をデータと特許等と結びつけ、個人、企業や研究室間でのP2Pのマーケットの設立

2.NFTやトークン発行を使った新たな資金調達方法の提案

3.自律分散型組織(Decentralized Autonomous Organization:DAO)を利用した新たな研究コミュニティの確立

4.スマートコントラクトを利用しインセンティブの再設計を行う新たな研究基盤の提案

これらの試みは未成熟であり、投資のためのマーケティングが先行しているものの、データマーケット、新たな資金調達方法やDAOなど、実例も出始めている。  

本稿では、まずDeSciが解決しようとしている科学の世界的な課題について取り上げたい。大学や研究機関が抱える雑誌購読料や研究費獲得競争の増加などについて注目する。次に、DeSciの現状についてエコシステムの観点から可能性と課題について整理を行う。特に、ブロックチェーンに基づいたP2Pの取引やその市場、DAO等によるコミュニティ形成、Web3技術を用いた研究基盤の開発に着目することで、活性化する市場や新たな研究の形を紹介する。最後に、日本においても立ち現れつつあるDeSciの可能性と課題について検討したい。

これらの議論を通じて、新たな研究の形を試行錯誤する人たちが出てくることに期待する。

 
 
 
 

科学界における世界的課題と新たな動き

先進国各国の科学予算は上昇トレンドにあり、世界全体として研究予算はこれまでになく増加し研究開発が活発に行われている。一方で、研究開発のコスト増、研究時間の減少、再現性の問題など、さまざまな問題を抱えていることも明らかになってきた。
 

科学技術・学術政策研究所が公表している『科学技術指標2022』によると世界各国の企業等の研究開発費を含む科学予算は、日本を含んで増額傾向にある[図表1](1)。しかし、予算の獲得状況については、アメリカ国立衛生研究所(National Institutes of Health: NIH)における予算獲得率は減少しており、競争の激化が指摘されている[図表2](2)。

   

   

科学予算が増額している一方で、研究開発に関わるコストが上昇していることも見過ごせない。査読を経た論文は学術雑誌に掲載料を支払うが、この掲載料自体の価格が上がっている。特に自然科学分野の海外科学雑誌の価格は、ここ30年で数倍の上昇である。最も平均価格が高い分野である化学では、2022年の価格は1990年と比べ10倍ほどの値上がりを示している[図表3](3)。生命科学に求められる論文中のデータ量は、1993~2013年の間に2倍以上になっていることが示唆されており、ページ数や著者数、参考文献の数も増加傾向にある (4)。また、生命科学の担い手である製薬企業において一つの薬を生み出すためのコストは年々上昇しており、数百億円以上になっている(5)。ほかにも、論文の査読に関わる作業は基本的には無償のボランティアで行われており、研究者の研究時間が圧迫されている。このように研究開発のみならず、論文の掲載コストも上昇していることから、予算増を受けても必ずしも研究環境が改善されているわけではないかもしれない。

多くの研究論文が出版される中で、研究の再現性もまた注目されている。2010年代初期に心理学分野で論文の再現が36% 程度にとどまり、再現性の危機と呼ばれ大きな論争が起き、心理学以外の分野でも同様の課題があることが指摘されている(6)。一つの原因は、再現研究にあまり注目が集まっておらず、研究者に再現実験を実施する動機が少なかったことも挙げられる。また、問題のある研究実践など研究者の無意識化のバイアスなどが指摘されるようにもなった。このような課題を未然に防ぐ方法として、再現研究の奨励や、実施する研究の条件や仮説などを事前に登録することなどが提案されている。

これらの世界的課題の中で、アメリカでは幾つか動きがある。その一つに、寄付金をベースとした研究支援がある。民間財団による研究資金が年々上昇しており、2019年には総額30億ドルが計上され、NIHの支援金の総額を超えている(7)。好奇心駆動型の非営利研究組織Arc Institute(8)、メタサイエンス等を研究するAstera Institute(9)、5~7年かけて特定の研究テーマを重点的に追究するConvergent Research(10)、再現研究や信頼性のある研究実践を研究しているCenter for Open Science(11)など新たなコンセプトを持った非営利の研究組織も生まれている。ほかにも、長寿研究に関して大規模な研究開発をする営利企業であるAtlos Labs (12)( 京都大学の山中伸弥教授がアドバイザーを務める)や全ての論文を公開する営利企業であるArcadia Science(13)なども登場してきた。科学を通じて研究のあり方自体の模索も行われており、営利・非営利を超えて研究開発のあり方が再検討されている(14)。

次に詳述するDeSciは、欧州を中心とした動きであり、この科学における世界的な課題を解決する方法の複数の動きの一つと理解できるだろう。

   

 
 
 
 

DeSciが解決する課題

Web3のムーブメントを足がかりに、科学の課題の解決や新たなチャンスを求めて、すでにさまざまなDeSci 的な思想を持った組織や活動が現れてきている[図表4]。ここでは、データや特許等をブロックチェーンに紐づけたP2Pの取引を行うマーケット、NFT 等を利用した資金調達方法、DAOを利用した新たな研究コミュニティの確立、新たな研究基盤等の試みについて整理し、事例を紹介する。

   

1 P2P取引を行うマーケット構築

DeSciの基盤の一つに、ブロックチェーンを活用したスマートコントラクトによる、データや知的財産権のP2P取引のマーケットプレイスが提案されている。これは規格化されたP2Pの取引によって、企業が保有するデータや特許を他の企業と個別に契約することなしに、ブロックチェーンを通じたマーケットで取引を行うことを目指すものだ。これにより、製薬企業などの企業内で独自に保有しているデータや特許を市場に解放し、莫大な開発コストや開発スピードを促進することが期待される。

この基盤を提供している組織として代表的なのは、P2Pのデータ取引を行うマーケットのための規格であるデータNFT (15)を提供する「Ocean Protocol」(16)と、バイオテクノロジー向けのP2Pの知的財産権(IP)を取引する規格であるIP-NFTを提供している「Molecule」(17)がある。

Ocean Protocol

Ocean Protocolは、2018年より「AI 開発のためのデータ取引を可能にするデータエコノミーの設立」を目指すデータ共有の規格である「データNFT」などを開発している。同年、BMW、GM、Ford、DENSO、HONDAなどが参画する自動車製造関連のブロックチェーン活用を目的とした非営利の連合であるMobility Open Blockchain Initiative( MOBI)(18)とも提携。自動運転に関連するデータの共有基盤も提供する。ほかにも、医療用の画像データやゲノムデータ等の取引を可能にすることで、汎用的なデータ取引マーケットの確立を目指している。

2022年より提供を開始した「データNFT」は、ERC721規格を用いて、データの所有者やNFT取引による収益の分配の設定がある。これにより、データのスムーズな売買とそれに伴う収益の分配が可能になっている。

Molecule

Moleculeは、製薬・バイオテック向けのIP取引の規格を提供している。創薬の研究開発には莫大な予算が必要だが、シード期に生まれた特許をIP-NFTを通して売買や貸し出しを行うことで、研究者に起業以外の研究の収益化を可能にしたり、企業の独自開発により薬価に上乗せされる開発コストを下げたりすることを狙っている。

Moleculeは、主に長寿研究とサイケデリック研究に投資するグラント型DAOであるVitaDAO (19)とPsyDAO(20)にそれぞれIP-NFTを提供し、エコシステムの拡大を図っている。さらに、特定の研究領域のみならず、生命科学系のデータ収集などの研究機能自体をスマートコントラクトにより取引するLabDAO (21)にも、IP-NFTを提供することが予定されている。これにより、IPのみならず研究室や企業を対象に研究プロジェクトやデータ収集の取引を行うことを狙う。また、データの出所がブロックチェーン上に記録されることで、データの信頼性の担保にも貢献することを目指している。

2 トークン等を利用した資金調達方法

マーケットを通じた研究の収益化とは別に、研究の資金調達方法としてNFTによるクラウドファンディング、トークン発行や寄付を通じたプロジェクト支援などが提案されている。これらは、目的に応じて市民や企業と共にプロジェクトを推進する際の実例になる。

NFTによるファンディング

2017年にNFTの規格ERC721が展開され、画像をNFTに紐づいたNFTアートのマーケットが勃興(22)。例えば、カルフォルニア大学バークレー校は、卒業生向けの寄付イベントでノーベル賞を受賞したがん研究者の研究関連文書をNFTにし、50,000ドル以上で売買した。また、ネットワーク科学で著名なアルバート・バラバシ教授( ノースイースタン大学)は、研究発表で利用したネットワーク分析の結果を視覚化した図を、アート作品として自身のラボが運営するWebサイトで販売している(23)。NFTを通じてコミュニケーションのきっかけを構築した新たなファンディング方法の先駆けといえるだろう。

トークン発行による資金調達

主にグラント系のDAOで行われている方法で、DAOに参加するメンバーシップとしてトークンを発行するものがある。例えばVitaDAOでは、トークン保持者は長寿研究に関係するプロジェクトに投資をするかどうかや、DAO自体の運営方針の意思決定に参加することができる。支援した研究プロジェクトから生まれたIPが企業等で利用されるなど利益を得た場合には、トークン保持者は利益を得ることが期待される。しかし、トークンの価格が変動しやすいため、長期的な支援が必要な研究プロジェクトを支えられるのかといった課題も残っている。

寄付を通じたプロジェクト支援

寄付を通じたブロックチェーンのエコシステムの支援方法も提案されている。エコシステムに有益なオープン・ソース・プロジェクト(OSS)に寄付するためのプロジェクトであるGitcoinは、イーサリアムなどが保有しているプール金を、有益なプロジェクトにどのように配分するかを寄付行動によって決めるQuadratic Funding( QF)という手法を採用(24)。例えば、QFにおいては、1人が100万円を寄付するよりも、100人が1万円ずつ合計100万円を寄付したプロジェクトを重要視して、プール金からの支援を多く配分する。つまり、多くの人数によってサポートを受けるプロジェクトを公共性があると見なし、追加でサポートを行う。このように公共性が高いプロジェクトを支援する仕組みはDeSciにおいても活用できる可能性がある。一方で、アカウントを複製して投票数を水増しするシビル攻撃と呼ばれる方法によって多くの配分を奪おうとする不正や、知り合い同士によるプロジェクト支援を行う談合などの課題も指摘されている。現在、以下で言及する譲渡が不可能なNontransferable NFTの活用や、アカウントのソーシャルグラフを利用した信用スコアなどによる対策が提案されている。

3 DAOを利用した新たな研究コミュニティや研究基盤の確立

新たな資金調達法と紐づいた重要な取り組みに、DAO等を利用した研究やその支援コミュニティの確立がある。代表的な組織に、長寿研究を支援するVitaDAOや希少疾患の患者やその家族のコミュニティ向けのDAOであるVibe Bio(25)、研究者コミュニティのResearchhub (26)などがある。またこれらのコミュニティの基盤として、データや研究活動自体をブロックチェーンに紐づけて記録したり、生体データ等と紐づいたIDを活用したりする方法が提案されている。

長寿研究を支援するVitaDAOと希少疾患のコミュニティを支援するVibe Bio

VitaDAOとVibe Bioはトークン保持によるDAOへの意思決定の参加や、支援の対象となりうる研究プロジェクトへの提案やリターン獲得の権利が与えられている。通常、これらのDAOには、内部のシステム作りやコミュニティを運営するワーキンググループが参加者とは別に存在しており、研究支援や他の組織との交渉を担当する。例えば、Vibe Bioは希少疾患の研究や家族をサポートしている民間の支援財団と連携しており、希少疾患の家族がステークホルダーとして、研究や支援を当事者と関係者によって自己決定できる仕組みを目指している。

またこれらのDAOにおいては、トークン保持者が研究支援の提案を行うには、一定の貢献度や能力などをスコアリングして基準を設ける予定である。例えば、VitaDAOでは、TrustLevelという仕組みを導入し、トークン保持者の貢献度や能力をスコアリングすることを提案している( 27)。

VitaDAOは5,000名以上のdiscord 上のユーザーが存在し、すでに活発な活動が見られる。投資額は25万ドル程度を上限に支援しており、14件以上のプロジェクトが支援を受けている。2022年の夏にはCOVID-19のワクチン開発でも有名なファイザーのVC 部門であるファイザーベンチャーズとの提携を開始し、DAOが保有しているIPを利用して医薬品開発をインキュベーションし、商品化に向けたサポートが予定されている( 28)。これにより、DAOを通じたIPの売却先の見通しが具体化される。しかし、この提携のためファイザーベンチャーズがトークン保持者となるため、特定の企業によるDAOの意思決定の独占や寡占が行われないか注目する必要がある。

研究者コミュニティResearchhub

研究者コミュニティもResearchhubのようなDAO運営が提案されている。Researchhubは、コミュニティ内のトピックについて積極的に議論を行ったり、論文を登録したり共有したユーザーに対してトークンを付与することで、コミュニティ参加へのインセンティブを構築している。また、一般的な査読システムである専門家数人による査読モデルではなく、公開査読モデルを提案しており、誰でも参加できるコメントによって論文の評価を行う方式を採用している。

コミュニティを支える新たな研究基盤

Researchhubなどに今後必要となるシステムとして、論文の査読や研究活動を記録するシステムなどが提案されている。

DeSci Labs (29)は、データや研究のコードなどの研究活動や記録同士の対応関係を記録するツール開発を行う。分散型の研究コミュニティへの貢献や研究活動のログと個人を対応させるには、分散型IDが求められる。研究コミュニティである。

Opscientia (30)は、学術向けの分散型IDであるHolonym(31)を提供し、それを実現しようとしている。Holonymは元々Soulbound token( SBT)と呼ばれるNon-transferable NFTによって、過去の行動履歴からアカウントの不正行動のリスクや研究者としての信用スコアを計算することが期待されていたのを、研究用に提案したものである (32)。開発が進めば、行動履歴から、研究者としての信頼性などのスコア算出等、システム構築の可能性がある。

さらに、ブロックチェーン上に査読履歴等が記録されるANTs review (33)やブロックチェーンによるインセンティブ設計によって運営される独立倫理委員会( 34)などが提案され始めており、新たなエコシステム構築が進んでいる。

 
 
 
 

日本におけるDeSciの可能性と課題

最後に、DeSciが日本においてどのような可能性と課題があるのかを、下の3点に留意しつつ取り上げたい。

1.日本の研究の国際競争力

2. 産業界との連携

3. 国外での共同研究の機会

DeSciによって構築される分散型IDやDAOの仕組みによって、既存の研究の仕組みで捉えられない研究者や研究活動が登場する可能性が出てくる。既存のシステムでは、研究者は大学や研究機関等に所属し、既存の研究システムは論文出版を業績の指標として捉えている。一方で、DeSciにおいては、必ずしも大学等の機関に所属せずともコミュニティにどれだけ貢献したかという点も、業績としてカウントされうる。例えば、分散型金融においてソーシャルグラフを利用して行動履歴から信用スコアを計測するなどの活用が見込まれている。このようなシステムがDeSciにも導入され、研究者の信頼性の構築やその信頼性を増強するような教育システムなどが構築されれば、既存の大学機関等を経ずとも研究に従事する研究者が登場することもありえる。これまでこのような市民科学的なあり方は、貢献や業績が計測しにくい困難があったが、DeSciによって可能になるかもしれない。

また、日本における科学技術研究予算は、企業における予算が大学機関等の3倍以上の12兆円程度に上る。DeSciにおいては新たなマーケットを通じて、企業と研究者がつながる経路をIP-NFTやデータNFTを通じて用意しているため、企業や市民を含めた多様な資金調達が考えられる。Ocean Protocolの例でいえば、企業が抱えるデータを共有することでオープンイノベーションを加速させることが期待されており、企業界との連携も進むだろう。VitaDAOやVibe Bioのようなインセンティブの設計をうまく組み込むことで、研究グループと産業界の連携を促すことが期待される。

世界的な課題に挑戦するプロジェクトであれば、地域に依存せずに資金調達ができるため、潜在的には国をまたいだ資金調達を行い、研究者が国内外で活動するための足がかりになる可能性はある。実際、VitaDAOが支援しているプロジェクトの研究者の中には、デンマークやイギリス、ロシアなど北米以外の研究機関に所属している研究者も存在している。このため今後プロジェクト支援の成功モデルが出てくれば、より大きな国際プロジェクトが可能になり、国内外の共同プロジェクトが出現することも考えられる。

以上の可能性に対して、DeSciが抱える多くの課題も指摘しておこう。

まず、Web3においてさまざまな人たちが参加することによって、より多くの人たちが利益を得られるネットワーク効果を考慮する必要がある。現状、DeSciのコミュニティはヨーロッパやアメリカが中心で、英語による活動が主である。そのため交流が言語に依存して影響力が限定されてしまい、日本で生まれたプロダクトやサービスは高いネットワーク効果を発揮できず、日本の研究者の影響力が減少する可能性もある。

またネットワーク効果はエコシステムを超えて影響力を持つ。例えば、既存の科学システムで著名な研究者などが参入することで、DeSciにおいて貢献がなくとも影響力があるため、影響力の弱いアジア圏の研究者や学術的マイノリティなどが新たなエコシステムでも貢献度を過小評価される可能性がある。関連して、創設者や開発グループが保有できるトークン量は総流通量に対して20% 以下であることも少なくない。例えば、イーサリアムの創設者の一人であるヴィタリック・ブテリンは1%以下しか保有していないと発言している (35)。ステークホルダーが多くなれば、トークンのリターンの希薄化が生じる。保有者の参入によるトークンの価格の上昇がなければ、創設者を含めた開発者コミュニティに通常の株式会社以上のメリットはない。ステークホルダーが増えることによる組織運営に与える影響は、今後明らかにしていく必要があるだろう。

今後DeSciを推進する研究者育成も重要な課題である。既存の研究システムでは、研究者は個々人が対象とする研究に興味があるため、研究システムを構築する動機は存在しない。もちろん一部のエコシステムの構築に興味がある研究者や、新たな研究システムで生まれてくる研究者がDeSciのシステムを開発することができれば、持続的なモデルになりうる。しかし、既存のシステムで持続的に資金調達ができる研究者にとっても現状はほぼメリットがないため、DeSciを事業的・研究的チャンスと捉える研究者が増えない限りは、日本でのDeSciの開発は進まないだろう。さらに日本においては、博士取得者は減少傾向にあり、どこまで研究を実施できる人材を育成できるかは大きな課題になるだろう (35)。今後、日本以外のサービスの開発が中心に進めば、コミュニティの運営も英語圏をターゲティングした組織が中心になる可能性があり、思ったほど研究者の参入が増えないこともありうる。

これまでに述べてきたように、DeSciは研究者のみならず、既存のシステムに所属せず研究に携わりたい人たちに新たなチャンスを提供しうるエコシステムを構築している。一方で、ネットワーク効果を利用したエコシステムの構築にも依存しているため、学術的マイノリティは新たなシステムにおいても過小評価される可能性がある。この課題を乗り越えるためには、国内外を越えてDeSciを推進する人材の確保や試行錯誤が重要になるだろう。

 
 
 
 

結語

科学における世界的な課題を解決するためにDeSciというムーブメントが新たに誕生した。すでに、さまざまなプレイヤーが現れ、NFTに紐づいたマーケットプレイス、新たなファンディングシステムや研究基盤が出てきており、これまでにない研究者コミュニティが構築されることが予想される。一方で、DeSciを推進してきたプレイヤーたちによるエコシステムの寡占や、求められるリテラシー水準が高くなることによって、新規参入者にとっての障壁が高まる可能性もある。今後、慎重な制度設計と議論が求められるだろう。また日本ではそもそも認知が低く、参入者が少ないことでDeSciの取り組みが遅れ、国外のプレイヤーが大きな影響力を持ち続ける可能性もある。今後さまざまな試行錯誤によってステークホルダーの間で議論が活発になり、法制度も整備される必要がある。

以上のような複数の課題もあるが、DeSciによる市民科学の実践がすでに行われており、新たな科学の形が広がることで、既存の科学システムに依存しない多元的科学が実現することに期待したい。

〈参考文献〉

(1) NISTEP.『科学技術指標2022』2022. https://www.nistep.go.jp/sti_indicator/2022/RM318_11.html,(参照 2022-01-06)

(2) NIH. NIH Data Book. Success Rates: R01-Equivalent and Research Project Grants. https://report.nih.gov/nihdatabook/category/10,(参照 2022-01-06)

(3) JUSTICE. 海外学術雑誌価格の推移. 2022版. https://contents.nii.ac.jp/justice/documents,(参照 2022-01-06)

(4) Cordero, R., et al., 2016. Life Science’s Average Publishable Unit (APU) Has Increased over the Past Two Decades.PLOS ONE, 11(6), e0156983. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0156983

(5) DiMasi, J.,Grabowski, H., and Hansen, R. 2016. Innovation in the pharmaceutical industry: New estimates of R&D costs. Journal of health economics, 47, 20-33.

(6) Open Science Collaboration. 2015. Estimating the reproducibility of psychological science. Science, 349(6251) https://doi.org/10.1126/science.aac4716

(7) Shekhtman, L., Gates, A., Barabási, A., 2022. Mapping Philanthropic Support of Science. arXiv.

(8) Arc Institute https://arcinstitute.org/

(9) Astera Institute https://astera.org/

(10) Convergent Research https://www.convergentresearch.org/

(11) Center for Open Science https://www.cos.io/

(12) Atlos Labs https://altoslabs.com/

(13) Arcadia Science https://www.arcadiascience.com/

(14) Nielsen, M., and Qiu, K. 2022. A Vision of Metascience. An Engine of Improvement for the Social Processes of Science.https://scienceplusplus.org/metascience/index.html(参照2022-01-06)

(15) https://blog.oceanprotocol.com/what-is-a-data-nft-5804a2d88671

(16) Ocean Protocol https://oceanprotocol.com/

(17) Molecule https://www.molecule.to/

(18) Mobility Open Blockchain Initiative https://dlt.mobi/

(19) VitaDAO https://www.vitadao.com/

(20) PsyDAO https://psydao.io/

(21) LabDAO https://www.labdao.xyz/

(22) Jones et al., 2021. How scientists are embracing NFTs.Nature. 594, 481-2. https://doi.org/10.1038/d41586-021-01642-3

(23) Barabasi Lab. https://www.barabasilab.com/art/works/NFT?id=15

(24) Buterin, V., Hitzig, Z., and Weyl, G., 2019. A Flexible Design for Funding Public Goods. Management Science 65(11):5171-5187.

(25) Vibe Bio https://www.vibebio.com/

(26) Researchhub https://www.researchhub.com/

(27) VitaDAO. VDP-1 VitaDAO Governance Framework. 2021.https://gov.vitadao.com/t/vdp-1-vitadao-governanceframework/40

(28) VitaDAO. VDP-54.1 Expression of Interest: Pfizer Ventures. 2022. https://gov.vitadao.com/t/vdp-54-1-expression-of-interest-pfizer-ventures/832

(29) DeSci Labs https://www.desci.com/

(30) Opscientia https://opsci.io/

(31) Holonym https://verse.opsci.io/

(32) Glen, W., Puja, O., and Vitalik, B., 2022. Decentralized Society: Finding Web3's Soul. SSRN. http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.4105763

(33) Trovò, B., and Massari, N. 2021. Ants-Review: A Privacy-Oriented Protocol for Incentivized Open Peer Reviews on Ethereum. In:, et al. Euro-Par 2020: Parallel Processing Workshops. Euro-Par 2020. Lecture Notes in ComputerScience(), vol 12480. Springer, Cham. https://doi.org/10.1007/978-3-030-71593-9_2

(34) Oka, T., et al., 2022. Autonomous, bidding, credible,decentralized, ethical, and funded(ABCDEF) publishing.PsyArXiv. https://doi.org/10.31234/osf.io/t4kcm

(35) VitalikButerin(2018, Oct, 10). I never personally held more than ~0.9% of all ET , and my net worth never came close to $1b. Also, I'm pretty sure there are no criminal laws against pre-mining. Retrieved from https://twitter.com/VitalikButerin/status/1050125475253637120

特集記事
特集記事