アクティブラーニングを絶やさない—学びの質を上げるAI

2023年9月27日 11:00 Vol.85
   
吉田 塁
東京大学大学院工学系研究科准教授
Lui Yoshida
博士(科学)。専門は教育工学(アクティブラーニング、オンライン学習、ファカルティ・ディベロップメント)。東京大学教養学部特任助教、同大学大学総合教育研究センター特任講師を経て、2020年より現職。監訳に『学習評価ハンドブック アクティブラーニングを促す50の技法』(東京大学出版会/2020年)、共著に『教師のための「なりたい教師」になれる本!』(学陽書房/2018年)がある。オンラインにおける意見交換プラットフォーム「LearnWiz One」を開発し、世界最大の EdTech コンペティション GESAwards 2021 研究開発部門にて世界大会優勝。開発に携わった学生と起業した(株)LearnWiz 取締役・共同創業者。

コロナ禍では、ほとんどの学校でオンライン学習の必要性に迫られた。その後、試行錯誤を経て得た知見を少しずつ教育の向上につなげようとする事例が増える中、このところ賛否両論の議論がなされている生成AIが、主体的な授業づくりにつながる可能性も期待されている。オンライン学習を支援するプラットフォームを立ち上げた大学研究室の活動事例を通し、「学びの質を上げるAI」について探究する。
text: Masashi Kubota photograph: Masahiro Heguri

大学院生向けプログラムで教育の世界へ

—吉田先生の経歴からお聞かせください。

吉田 私は2010年に東京大学工学部を卒業し、東京大学大学院新領域創成科学研究科人間環境学専攻に入学、2015年に博士課程を修了しています。その後、東京大学大学総合教育研究センター等を経て、2020年に東京大学大学院工学系研究科の准教授となりました。

—現在のご専門はアクティブラーニングやオンライン学習を中心とする教育工学とうかがっています。この道に入ったのはどういった経緯からですか。

吉田 私は元々教育分野ではなく、生体医工学という医学と工学の融合分野の研究をしていました。たまたま博士課程の2年生のとき、「東京大学フューチャーファカルティプログラム(東大FFP)」というプログラムを知り、参加してみたところ、それが非常に面白かったのです。東大FFPは大学教員を目指す大学院生を対象に、「教えること」に関するスキルと知識の向上を目指すプログラムで、「学びってここまで深まるのか」と感激。是非この分野に飛び込みたいと思うほど、教育に魅了されました。

—そのプログラムに、なぜ惹かれたのですか。

吉田 それまで私が経験してきた授業は教員が話をして、学習者はノートを取るという一方向のものばかり。「これでは1人で本を読むのと変わらない」と以前から不満に思っていました。ところがこのプログラムは「アクティブラーニングによってアクティブラーニングを学ぶ」という授業スタイルで、学生同士がディスカッションをしながら共同制作を行ったり、模擬授業を行って全員でそれを振り返ったりといった、双方向性を生かした内容でした。院生であれば学部を問わずに参加できるので(現在は東大の教職員も参加可)、異分野の人たちと一緒に学ぶことにもなる。そうすると、皆さん価値観が違うんですね。授業の振り返り一つにしても、自分とは違う見方をするので新鮮な刺激を受けました。「1人では学べないこと、ほかの人がいるからこそ気づけることがあるのか!」と目を開かれ、大学1年から8年間在籍した中、初めて「東大に入ってよかった」と当時は思ったぐらいです。

受講後、このプログラムの担当の先生に直談判して、生体医工学で博士論文を書きつつ、教育分野について学ぶことに。そして博士号取得後、教育の世界に入ったわけです。

—博士論文はどういったテーマだったのでしょうか。

吉田 少し難しいのですが、難治性てんかんの治療法の一つである迷走神経刺激療法に関するメカニズムの解明を目指し、生体の外に神経細胞を持ち出して電気刺激や投薬に対する反応を分析する研究をしていました。微小電極アレイと呼ばれる技術を用いた培養皿を自分で製作し、細胞からの電気信号を取得できるようにした上で神経細胞を培養、刺激に対する応答を評価する、というようなことを行っていました。

—今指導されているような、オンラインツールやプログラミングなどの知識は、そういった研究を通じて身に付けたものなのですか。

吉田 私は学部の時にコンピュータグラフィックスの研究をしていました。学部生でプログラミングを学び始めてその面白さに没頭。2010年にはプログラミングを用いた画像処理に関する研究により、東京大学工学部システム創成学科優秀論文発表賞も受賞しています。

博士課程では生体医工学に進んだわけですが、プログラミングは研究のベースとなるもので、現在も自分の武器となっています。そこまでに培ってきた知識を教育分野に生かすことを考え、教育工学というアプローチを選びました。

—教育工学という言葉にあまりなじみがないのですが、比較的新しく誕生した学問分野ですか。

吉田 教育工学という用語は1920年代から使われており、1950年代頃から基礎概念が形成されたといわれています。教育学、心理学、工学など幅広い分野の知見を生かして教育を改善していこうとする学問です。PCやタブレットを使うeラーニングやオンラインツールによる遠隔授業など、ICTの教育への応用も主な対象の一つです。

日本で教育工学を学べる大学や大学院は限られていますし、博士課程で研究分野を大きく変える研究者も少ない。私はかなり珍しい例でしょうね。

 
 
 
 

コロナ禍で東大の授業のオンライン化をサポート

—新型コロナで授業のオンライン化が必須となったときは、先生はどう対応されたのですか。

吉田 私は元々Zoomや独自開発したシステムを使ったオンライン学習の研究を行っており、自分の授業をオンライン化することについては、特に問題はありませんでした。その分、ほかの教員の方々のサポートに全力を注ぎました。

—業務として、大学の授業のオンライン化を手伝われていたわけですね。

吉田 はい。2020年3月に新型コロナウイルス対策の特別措置法が可決され、東大でもその年の4月から、全学で授業のオンライン化を行うことになりました。当時の理事などとも話をさせていただきながら、授業のオンライン化について全学の教員をサポートすることになったのです。

私が当時所属していたのは「大学総合教育研究センター」という、学部に関係なく全学的に教育をサポートする組織。そこでオンライン学習の研究をしていたため、全学の授業をサポートできる状況でした。3月半ばに授業のオンライン化が決定してから、2日でオンライン教育用のサイト「utelecon」を立ち上げ、Zoomを使った授業について、大学教員向けに2時間のオンライン講座を行いました。

—教員の皆さんの反応はいかがでしたか。

吉田 オンライン授業についての講座は、東大の教職員の1,000人以上が聞いてくださり、身が引き締まる思いでした。ただZoomの定員が満杯になってしまい、聞けなかった人もかなり出て、「講座の録画を早く公開してほしい」という声もありました。uteleconでは、オンライン授業のノウハウを大学外も含めて情報発信。2年間でおよそ180万人に閲覧していただきました。

あとはオンライン授業をサポートするために、要請のあった学部を行脚。Zoomを初めて使う先生も多く、アカウントの取り方や画像共有の方法などから情報共有しました。Zoomには授業で活用できる機能が幾つかあリます。例えばブレイクアウトセッションといって、メインセッションのほかに小会議室を設けて学生同士でディスカッションをさせたり、教員が学生に選択肢を提示して回答を入力してもらって、その結果を手元で集計した上で授業を進めたりといったこともできるのです。

—コロナ禍で対面授業が中止となり、オンライン授業のみとなったときには、学生側から「これでは大学に在籍している意味がない」「放送大学とどう違うのか」といった批判もありました。東大ではいかがでしたか。

吉田 今回の新型コロナへの対応では、東京大学はオンライン化がうまくできていたという評価です。私たちの取り組みに対しても、「学生同士がお互いの顔を見られない」「せっかく大学に入ったのに、友達ができない」といった不満があった一方、アンケートを見てみると全体として学生たちは肯定的に評価してくれていました。

大学によってはオンデマンドで、まず教員が動画を作り、それを学生が自由な時間に視聴するという形を取ったところもありました。しかし、それだと動画制作のハードルが高く、学生がモチベーションを維持することも難しい。結果、学ぶ側の不満が大きくなりがちなのです。

私はオンライン学習が専門なので、そういったことは事前に承知しており、東大ではZoomを使ってリアルタイムに授業を行うスタイルをメインにしました。結果的に移行がスムーズになり、学生たちの納得も得やすかったと思います。

この件では2021年3月に、当時の五神真(ごのかみまこと)総長から、「オンライン授業等におけるグッドプラクティス総長表彰」と「オンライン授業等の貢献に対する感謝状」を頂いています。ほかの方からはありがたいことに「東大のオンライン化において、吉田さんがいなかったらここまでうまくいかなかったと思います」とも言われました。

—大変なご活躍だったのですね。もっと早くお話をうかがうべきでした(笑)。Zoomを使った授業で、アクティブラーニングが促進された面はありましたか。

吉田 一部ではあったと思います。例えば、これまで多人数の授業では学生が質問しにくい面がありましたが、Zoomにはチャット欄があり、それを使えば比較的気軽に質問ができる。アクティブラーニングの要素が少し出たかと思います。

ただ自分で研究してきたので、Zoomを授業で使う上で限界があることもわかっていました。それが後日の「LearnWiz One(ラーン・ウィズ・ワン)」の開発にもつながっています。

 
 
 
 

教育ツール「LearnWiz One」の開発

—オンライン授業の後、新たなツールの開発に至ったのは、どういった理由からですか。

吉田 授業のオンライン化支援では、教員だけでは手が足りなかったので、手伝ってくれる学生を公募したのです。多くの学生が手を挙げてくれた中、中條麟太郎くんという学部2年生(当時)がいました。

オンライン授業を始めた当初は、「気づくと夜になっていた」というぐらい忙しい毎日でしたが、1年半ぐらいすると支援業務も徐々に落ち着いてきました。そんな折、雑談で彼に「オンラインで大規模なアクティブラーニングを実現したい」という話をしたのです。

アクティブラーニングの導入では、教員がキーになります。現状ではアクティブラーニングの経験のある教員は少なく、「一度に多くの人にアクティブラーニングを体験させようと思ったら、やはりオンラインでなければ」と考えていました。

Zoomは、教員が選択肢を出す形なら比較的インタラクションが容易です。しかし多くの人がチャット欄で自由な発言をすると、すぐに欄があふれてしまう。時系列で早い順に投稿が画面から消えていくため、貴重な意見も見落とします。そこで、学ぶ側同士の意見交換をスムーズにする仕組みについて議論したところ、彼が「システムを作ってみます」と言ってくれ、その2日後に「プロトタイプを作りました」と持ってきてくれました。

それが参加者一人ひとりの意見・感想を賢く集約・共有するオンラインツール、LearnWiz Oneの原型です。そこで、それを使ってワークショップを実施し、参加者にフィードバックしてもらい、問題点を改善するというサイクルを重ねました。

同時期に、文部科学省が始めた「Scheem(スキーム)-D」という大学教育のデジタライゼーションを支援するイニシアティブに採択され、2021年10月に行ったピッチと同時にベータ版を公開しました。

幅広く使ってもらおうと公開したベータ版は、使った先生方から高い評価を頂きました。それに力を得て、今度は「GESAwards(Global EdTech Startups Awards)2021」という、EdTech分野における世界最大級のコンペティションに出場することにしたのです。すると日本国内の予選で優勝し、189チームが参加した世界大会でも、「R&D Open Innovation(研究開発)」部門で優勝を勝ち取ることができました。

—それは素晴らしいですね。LearnWiz Oneとは、具体的にはどういうシステムなのですか。

吉田 LearnWiz Oneは、一人ひとりの意見を大事にして、自然と良い意見が浮かび上がってくるオンラインツールです。授業や会議で活用でき、「まず主催者が参加者に問いかけをし、参加者がその問いかけに対して自分の意見を投稿する」のが基本形になっています。

参加者のWebブラウザ上には3つのタブがあります。うち1つは「自分の投稿」、もう1つは「他者の投稿」で、自ら投稿しつつ、ほかの参加者の投稿を見ることができます。普通は他者の意見を見ようとすると、一気に全員の意見が表示されて収拾がつかなくなるのですが、LearnWiz Oneでは、「他者の投稿」タブに表示される投稿を定数個、例えば5つに絞っています。

ただし「誰かが出した投稿は、必ずほかの誰かに見られる」というアルゴリズムを組み、どの投稿もできるだけ同じ回数閲覧されるようにしています。

そして他者の投稿に対しては「いいね」を付けることができる。この「いいね」の数をもとに、人気のある順に投稿を表示できるのが、「人気順」という3つ目のタブです。ここには学生たちからの評価が高かった投稿、つまり「いい意見」が上位に表示されることになる。使った先生からは、「教員が選んだのと同じか、それ以上の精度で注目すべき投稿を選んでいて驚きました」と言っていただきました。

   
EdTech分野の世界最大級の大会「GESAwards 2021」の「R&D Open Innovation(研究開発)」部門で優勝。その時のアナウンス画面

—「人気順」で上位の意見は、授業ではどう扱われるのですか。

吉田 そこはそれぞれの先生の判断に任されます。上位の意見に先生がコメントすることもあれば、学生がレポートを投稿し、評価の高いレポートをみんなで共有する場合もある。また、あえて「人気順」タブは使わず、純粋に他者の意見に触れてもらうという使い方をしても構いません。

LearnWiz Oneでは誰がどんなことを発言したか、どんな投稿に「いいね」をしたかといったデータを記録し、参加者の活動を可視化することができる。「授業が活性化する」ということで、対面授業でも使われるケースが出てきました。

—対面授業では、どういった使い方をするのでしょうか。

吉田 LearnWiz Oneはスマートフォンやタブレットで使え、操作も簡単です。対面でのグループディスカッションには、「自分と席が近い人としか話せない」という問題点がありますが、このツールを使えば、席の離れた人の意見にも触れることができます。

   
LearnWiz Oneのプロトタイプのメモ。機能の中核である「投稿用:意見の投稿」「評価用:他者の意見をランダムに確認」「閲覧用:意見のランキングを確認」の要素が記載されている

—普通の授業ではなかなか発言できない生徒の、後押しをしてくれるようなシステムですね。

吉田 発言や発表が苦手という人にとっては、グループワークのハードルを下げられます。「1人だったのに、皆さんとワークした気分でした」といった意見や、「人とディスカッションするより、双方向で学べる気がしました」と言う人もいました。

ディスカッションだと、長々とどうでもいい話をする人に時間を取られてしまうことがあるけれども、LearnWiz Oneであれば自分のペースで人の意見を見られるので効率がよい、というわけです。

—LearnWiz Oneは、アクティブラーニングの考え方がベースになっているのですか。

吉田 はい。「シンク・ペア・シェア」というアクティブラーニングの技法が一つのベースになっています。これは「1人で考え、2人でディスカッションし、全員でシェアする」というやり方で、全員がアクティブになれる技法です。とはいえ、こうしたツールを使えば必ず授業がうまくいくというわけではなく、ツールを前提にどう授業を設計するかが大事になってきます。

—その後、中條さんと2人でLearnWiz Oneを事業とするスタートアップを立ち上げられました。現状ではどれくらい利用が広がっていますか。

吉田 日本全国で導入例があり、のベ利用者数は11万人ほどです。慶應義塾大学や東京電機大学といった大学のほか、中学校や高校の先生方に使っていただいています。例えば群馬県の下仁田町立下仁田中学校では、茂木一道先生という社会の先生が、LearnWiz Oneを使って歴史の授業をインタラクティブに行っておられますし、東京都のドルトン東京学園の中等部・高等部の沖奈保子先生は、国語の授業に取り入れて、生徒同士の意見交換に使ってくださいました。

 
 
 
 

生成AIの教育への活用を研究テーマに

—吉田先生は「大規模言語モデルを活用した個別フィードバックシステムの開発と評価」を研究室のテーマの一つとするなど、AIについても研究を進められています。昨今話題の生成AIをめぐる現状については、どういう考えをお持ちですか。

吉田 私は、生成AIは教育に活用できるし、そのポテンシャルは非常に高いと感じています。ただ「Hallucination(ハルシネーション)」といって、生成AIも嘘や間違いを言うことがあり、専門性が高くなるほどそれが増えてきます。

だからといって全否定すべきではなく、使い方次第ではかなり有用です。例えば授業で学生に対して、「自分が考えた教育ツールを提案してください」と宿題を出したとします。学生が脈拍などの生理的な指標を使うEdTechを考案した場合、「このツールにはどういった注意点が考えられますか」と生成AIに相談すれば、「プライバシーの保護に気をつけたほうがいいでしょう」といった注意が促されたりします。実際、生理的な指標はプライベートな情報であり利用には細心の注意が必要なのですが、学生にはそういった視点があまりありません。

そのようにAIにより、新たな気づきを得てアイデアを練り上げる、レポートの質を高めるなど可能性は十分あるでしょう。

   

   

—今年5月、「教員向け ChatGPT 講座 ~基礎から応用まで~」という4時間のオンライン講座も行っておられます。目的は何だったのですか。

吉田 新型コロナによる授業のオンライン化のときと同じように、「急に生成AIが出てきて、現場の先生たちが対応に困っているのではないか」という危惧もありました。また、生成AIに対する誤解も多く見られました。そのため5月の講座では、基礎的な事項から応用的な活用事例まで、可能な限り幅広く網羅しました。イベント後のアンケートでは、幸いに最高評価である「大変良かった」が8割超え。ほとんどの方が肯定的に捉えていたので、非常に嬉しく感じています。

   
今年5月、教員に向けてChatGPT講座をオンラインで開催。基礎から応用まで幅広く網羅された内容に、終了後のアンケートでは参加者の8割以上が最高評価の「大変良かった」をつけた

—生成AIへの批判については、誤解も少なくないのでしょうか。

吉田 テキスト生成AIの基礎となっているのは、大規模言語モデルです。過去のテキストをベースに、「あるテキストの次にどんな単語が来るのかを予想し、その単語のまた次にどんな単語が来るのかを予想する」という原理で動作しています。

つまり「次の単語の予想」を出力しているのです。ところがAIのモデルのパラメータ数が1,000億を超える辺りから、急にいろいろなことができるようになりました。その理由は研究者にもよくわかっていません。

私は生成AIの利活用についても、正しい知識を持った上で決定すべきと考えています。例えば「生成AIがやっていることは、過去のテキストのコピペにすぎない」という人がいる。しかし今の生成AIに医師の国家試験を受けさせると、アメリカのほか日本の国家試験でも合格点を取ってしまいますし、過去にはなかった問題にも回答することができる。これはコピペでは不可能です。

—教員も学生も、「AIリテラシーをしっかりと身に付けないといけない」というわけですね。

吉田 はい、AIに関する基礎知識、AIを利活用する上でのメリットやデメリットを把握してもらうことが重要かと思っています。特に、生成AIは事実でないことを実に本当っぽく言うため、「AIの言うことを鵜呑みにしてはいけない」と知ってもらうことは重要です。

—教育の場でChatGPTを使う上で、その他どのような注意点がありますか。

吉田 幾つか考えられるので、以下に簡単に列挙してみます。
・ 出力の信頼性が低いことがあることを理解する。
・ 学生がChatGPTなどテキスト生成AIを利用できる環境であることを確認する。
・ データの扱われ方など含めてAIを使いたくないという学生がいた場合は、強要せずに代替手段を考える。
・ GPT-4の使用を促す場合、有料のサービスもあるので、金銭的な不平等が学習機会の不平等にならないよう配慮する。
・ 自動生成された文章を検出することは実用上難しいので、検出できないという前提で授業設計する。
・ 人種・性別・宗教などに関するバイアスや有害・攻撃的な内容を含む回答を示す可能性があることを理解する。
・ 2021年9月より後については限られた知識しか持っていないことを踏まえて利用する。
・ 対話内容がAIの学習に利用される可能性があるため、必要に応じてオプトアウトする(学習データとしての利用を許諾しない旨を伝える)。
 こういったことが考えられるのではないでしょうか。

—ご自身は授業で生成AIを使う予定はありますか。

吉田 私は来学期から、インターネットを利用したアプリケーションやサービスを開発する、Webプログラミングの授業を行うことになっています。生成AIはプログラミングコードを作るのが得意なので、うまく使うとプログラミングの効率が飛躍的に高まります。講義でもプログラミングを補助してもらうための生成AIの使い方をレクチャーしていく予定です。

—ChatGPTは指示の出し方で回答が変わると聞きます。教育で使う場合、どんな点に気をつけたらいいでしょうか。

吉田 まず、簡単なやり取りだけでChatGPTの性能を判断しないということが重要です。出力してもらいたいイメージがあれば、それを具体的に伝えることによって希望に近づけることができます。例えば、小レポートを記載して「レポートの改善点を箇条書きで出力して」とお願いすれば、箇条書きで改善点を出力してくれますし、「〇〇に関する選択肢が5つある問題を5つ作って」とお願いすれば、問題を作ってくれる。意図に沿わない出力である場合は、できるだけ具体的に指示を書く、具体例を含めるなど、指示出しを工夫することが重要です。

ただ、そうしたとしても、ChatGPTが出力する内容が正しいとは限らない点に注意が必要です。ChatGPTをはじめとするテキスト生成AIにはデタラメを出力する可能性があることを肝に銘じ、最終的には人間がその出力の内容を検証する必要がある。そのため、現時点では人間の専門性や判断がまだまだ重要ですし、育んでいくことも求められます。

—「アクティブラーニングによる主体的な教育の場づくり」の実現に向け、AIも活用できると思われますか。

吉田 はい。私は「テキスト生成AIの登場によって、幅広く学習者を個別サポートできる環境が整えられるかもしれない」と感じています。

アクティブラーニングのゴールは、一人ひとりの「学び」を促すことです。先行研究から、皆で一斉に学ぶより、一人ひとりにチューターが付くほうが学習効果が高いことがわかっています。しかし現実の教育の場では、人的リソースの面でそれは難しい。しかしテキスト生成AIの人間への寄り添い方を見ていると、「AIは個別チューターになりうるのではないか」と感じており、今はテキスト生成AIを「学びのサポーター」にしていく研究に取り組んでいます。

— もしAIが学生の個別チューターになったとしたら、人間の教員は何をすべきでしょうか。

吉田 たとえハルシネーションがなくなり、テキスト生成AIの出力の信頼性が高くなったとしても、教員がやるべきことはたくさんあります。一例が学習の設計で、教育の場の設定、学習ペースの設定、カリキュラムの設計、さらには「どのようにアクティブラーニングを促すか」「他者とのつながりをどのように増やすか」といった配慮も含めて、全体的な設計は人間の教員でなければ実現できません。授業のファシリテーションや、出された意見を評価し、改善していくフィードバックの作業も難しいでしょう。

アクティブラーニングの原点に立ち返ると、共に学ぶ友人だけでなく、いろいろな教員がいるからこそ、多様な学びがあるのだと思っています。

—吉田先生の研究活動は今後、どういった方向に向かうのでしょうか。

吉田 私は最近研究室を持ったばかりなのですが、研究室のビジョンは、「みんなの学びを楽しく、深く」で、ミッションは「楽しく深い学びを支える『システム』を創造する」です。プログラミングを用いた学習支援システムの開発にとどまらず、教育プログラムの開発や教育技法の開発など、学習を促す仕組み全体の構築を目指せればと考えます。

研究テーマとしては、アクティブラーニング、オンライン教育、LearnWiz Oneの応用に加えて、生成AIのポテンシャルがまだよくわかっていないので、教育におけるその活用について研究し、多くの知見を発信していきたいですね。今年から初めて修士の学生が研究室に入ってくれていますが、学生たちもAIに興味があるとのことなので、しっかりサポートできるよう努めます。

   
吉田さんが監訳を手がけた書籍『学習評価ハンドブック アクティブラーニングを促す50の技法』(エリザべス・F・バークレイほか著/東京大学出版会/2020年)。アクティブラーニングを教室とオンラインで実施するための具体的な指南書

Lui Yoshida Lab

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