注目を浴びるフュージョンエネルギー
— 御社の設立の経緯からまず教えていただけますか。
吉岡 当社は2019年10月、共同創業者の小西哲之代表取締役社長と長尾昂代表取締役会長らを中心に、京都大学発のスタートアップとして設立されました。小西は核融合研究の世界的第一人者で、京都大学で約40年にわたって核融合工学、核融合炉設計、トリチウム工学などの研究に取り組み、現在は京都大学の名誉教授です。
長尾はラボスケールの研究開発を起点に核融合事業を立ち上げ、戦略立案、資金調達、人材採用を推進。当社設立前はArthur D. Little Japanで新規事業などの戦略コンサルティングに携わるほか、エネルギースタートアップのエナリスでマザーズ上場、資本業務提携、AIを活用したR&Dなどを主導していました。
2人は、京都大学のファンドが設けたスタートアップ設立支援のためのマッチングの場で知り合いました。高度な技術力を持つ小西と、経営畑でコンサルティングやほかのエネルギー系のスタートアップの経営をしていた長尾はその場で意気投合。小西の技術力を活かして、核融合炉の周辺装置をビジネス化しようということになりました。
当社が手がけるのはプラズマ加熱装置、熱取り出しブランケット、高性能熱交換器、水素同位体ポンプなど核融合炉周辺やプラントに必要な機器・システムの研究開発およびプラントエンジニアリングです。
「FUSIONEERING(フュージョニアリング)」という社名は、「Fusion(融合)」と「Engineering(工学)」を掛け合わせた造語です。世界中の最先端工学研究との融合を意味しています。
フュージョンエネルギーの実現には、核融合プラズマ発生やエネルギーの維持、熱の取り出し技術など、数多くの達成条件が存在し、あらゆる分野の工学的ソリューションが必要不可欠です。当社はあらゆるエンジニアリングと
フュージョンし、さらには世界中のフュージョニア(核融合研究者)と協力し、新たなエネルギー社会の創出を目指しています。
— 2019年当時、フュージョンエネルギーの分野で新規ビジネスを立ち上げようというのは、まだ新しい試みだったのではないですか。
吉岡 少し早かった面はあるかもしれません。実際、私が入社したのは2021年ですが、2020年までは苦労もあったと聞いています。従業員も数人しかいませんでした(現在は100人超)。ただ、コロナ禍で世の中が大きく変わりました。特に脱炭素化の流れが急速に強まり、化石燃料以外のエネルギー源である再生可能エネルギーへの関心が高まりました。加えて2022年にロシアがウクライナに侵攻したことで、世界各国でエネルギー安全保障の重要性が意識されるようになりました。そうしたグローバルな変化が起き、時代が大きく動き始めた。その流れに当社が乗っている感じはあります。その意味で共同創業者たちは先見の明があったのではないかと思います。
加えて、フュージョンエネルギーの技術は数十年前から研究開発が進められています。まだ実現はしていないものの研究が止まっていたわけではなく、日々いろいろなブレークスルーを積み重ねて少しずつ進歩してきました。それがいよいよ現実味を帯びてきて、資金を投入すれば実現可能ではないか、という機運が高まり始めたのが2020年前後になります。
独自のビジネスモデルを志向
— 御社は核融合反応そのものではなく、核融合炉周辺の機器やシステムの開発などを手がけられています。あらゆるフュージョンエネルギープラントに必要な部品ということで、世界で核融合開発が進めば進むほどビジネスチャンスが広がるという理解でよろしいですか。
吉岡 そのとおりです。小西がその分野の専門家であることも関係していますが、最初から核融合炉周辺の機器やシステムの開発に特化することで、ビジネスを成功させることを狙っていました[図表1]。 世界各国がいま核融合反応を起こすところに注力しています[図表2]。小西が携わっていた国際的な核融合実験炉プロジェクト「ITER(イーター)」でも、まずは核融合反応を起こして、そこでエネルギーをつくることにフォーカスしています。ITERは平和目的のためのフュージョンエネルギーが科学技術的に成立することを実証するために、人類初の核融合実験炉を実現しようとする大型国際プロジェクトです。世界7極(35カ国)が共同で実施しており、日本も参画。ITERはフランスでプロジェクトが進んでおり、2035年の核融合運転開始を予定しています。
また各国では民間投資も活発になってきました。スタートアップによる研究開発も増え、フュージョンエネルギーの早期実現と産業化に向けた動きが加速しています。ただ、そのほとんどは核融合反応を起こす部分の研究開発。フュージョンエネルギープラントをつくるためには核融合反応が起きた後に、その熱をどうやって取り出すかや、または燃料を取り出してまたリサイクルするといった後工程が必要になる。当社はその後工程の部分にもフォーカスしています。核融合炉周辺の機器やシステムを専門に手がける民間企業は、今のところ世界でも当社だけ。市場は世界中にあります。
— その視点、着眼点は画期的ですね。日本でも核融合のスタートアップが登場していますが、やはり御社とは手がける領域が違うわけですね。
吉岡 国内のスタートアップ各社が手がけているのも、基本的に核融合反応の部分、プラズマをどうつくるかということ。プラズマを起こす方法にはさまざまなものがあり、細かく分けると10以上ありますが、大きくは3とおりになります。各社がそれぞれの方法でプラズマをつくろうと取り組んでいます。当社はそれらの会社とは競合関係にはなく、共同でプラントをつくっていくという立ち位置です。
また、世界の核融合産業そのものはまだビジネスとして確立していませんが、欧米を中心に各国で進められている実験にも周辺装置は必要なため、当社の事業は既にビジネスとして成り立っています。例えば、ジャイロトロンというプラズマ加熱装置や排気ポンプには、一定の需要があります。
そのほか、当社は周辺機器の製造だけではなく、フュージョンエネルギープラントのデザインなども行っています。英国原子力公社(UKAEA)が手がける実験炉建設プロジェクトでは、エンジニアリング・デザイン・パートナーとして、設備の設計案の作成や建設にも関わっています。
核融合界での日本のポジション
— ITERには日本も中核的な存在として参画しているとのことですが、実際に核融合の分野における日本のポジションはどうなのでしょうか。
吉岡 極めて高い技術力と礎があるので、世界のトップクラスの中でもさらにトップにいると思います。ITERでは、重工業メーカーらが中心になってコイルや一部の加熱機器を供給し、プラントの中で重要な部分を日本企業が担っています。日本の核融合分野の技術力は国際的に高く評価されています。
— 御社は2023年5月にシリーズCラウンドで105億円の資金調達をされました。累計資金調達額は122億円となっています。投資家は御社のどういう点に注目、期待しているとお考えですか。
吉岡 今回、シリーズCラウンドで17の企業から105億円という規模の資金調達を実施できたことは、フュージョンエネルギーの早期実現と同分野でグローバルビジネスを推進する当社への期待の表れだと受け止めています。投資家の皆さまに感謝するとともに、責任の重さを感じています。
この資金と投資家の方々の持つ知見を活かして、主力製品である核融合炉周辺装置やプラントの研究開発を加速させていくつもりです。加えて、米国と英国を拠点とした事業拡大をさらに強化し、世界で早期のフュージョンエネルギーの実現と産業化に向けて力を注いでいきます。
— 投資家の理解を得るために情報発信で工夫されたことはありますか。
吉岡 情報発信の工夫といえるかはわかりませんが、当社のビジネスモデルの独自性を強く訴えかけました。当社以外のフュージョンスタートアップ各社はプラントづくりを目指しています。つまりプラントが完成し稼働するまでは基本的に売り上げを立てることは難しい。
それに対して、当社は各社がプラントをつくるための一部分を担っています。実験プラントの周辺機器や部品を販売するほか、プラントのデザインづくりにも協力するなどコンサルティングサービスも手がけている。それによって売り上げが既に出ています。ですから黒字転換も比較的早い時期に達成の見込みです。そういうロジックを組み立てて、意識的に説明を行いました。
— 出資において国内と海外の投資家では考え方に違いがありますか。
吉岡 考え方の違いは余りないかもしれませんが、資金量の差はあります。一般的に海外投資家のほうが資金力が豊富で、数十億~百億円規模でも投資できる会社の数が多いと思います。
実際、フュージョンエネルギー分野への投資は日本よりも海外が大きく上回っています。そうした中、日本は現時点では高い技術力を有していますが、ただのサプライヤーになりかねないという懸念があります。海外企業がフュージョンエネルギープラントをリードして、日本はその一部を担うだけ、というようなことになる恐れがある。それは当社も同じで、そこには危機感を持っています。
— 日本は企業だけではなく、産官学が連携して総力を上げて取り組む必要がありますね。
吉岡 そうです。実際、日本でも2022年9月から「核融合戦略有識者会議」が開催され、2023年4月に政府の統合イノベーション戦略推進会議が「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」を決定し、産業化の推進と実用化を加速させる方針が打ち出されました。
ただ、日本がリードしてフュージョンエネルギープラントをつくるのが理想ですが、実際にどうなるのかは先が読めない状況です。現状から考察すると、フュージョンエネルギープラントの第1号は、発電レベルのプラントだと2030年代半ばくらいに実現するのではないかと予想されています。ただ、発電したらゴールではなく、社会で安定的に利用されるためには発電効率などを高めなければなりません。その意味で、商用化段階のプラントというのはさらに時間がかかる見通しです。
海外はかなり積極的に取り組みを進めています。 例えば米国は、国が民間企業数社に対し、マイルストーンを達成した場合に資金を提供するというプログラムを開始しています。実際に成果を出し、可能性の高い企業は多くの投資を受けられるという仕組みです。ですから2030年代に最初のプラントが米国で完成すると業界ではみられています。
一方、英国は2040年代前半に、国が主導して一つの大きなプラントをつくる計画です。そのために民間企業に協力してもらうという形をとっています。世界の中でも米国と英国は特に積極的な姿勢をとっているように思います。
そうした状況下で、当社は主要機器のサプライヤーとして、またプラントのデザインも一緒に考えるパートナーとして海外企業と組み、ティアをできるだけ上のところに持っていく。そしてフュージョンエネルギープラントを海外でつくる際の主要ロールを担うようになれば、いざ日本でプラントをつくるという際にも当社の経験が活かせるだろうと考えています。
フュージョンエネルギーにベットする
— 吉岡さんは前職の大手総合商社時代に天然ガスや石油など化石燃料のトレーディングに関わっていらっしゃったそうですね。スタートアップへの転職は大きな決断だったかと思いますが、フュージョンエネルギーにどんな魅力や可能性を感じておられたのでしょうか。
吉岡 私は元々エネルギーや人々の生活を支える仕事に興味があり、商社ではそういう仕事に10年以上携わりました。大きなビジネスで、その重要性、面白さ、やりがい、ダイナミズムをすごく感じて充実していました。
一方で、既存の何かではなく、まったく新しいものを生み出すことにビジネスとして寄与したいという気持ちが強くなってきました。エネルギーという軸は変えずに、関連する領域で何か新しいものはないかと探す中で、フュージョンエネルギーにたどり着きました。
実は、私は商社時代の最後の半年、電力事業に関わっており、発電所の電力のトレーディングの管理などをしていました。その時に火力発電や太陽光、風力などの各エネルギーを並べて見る機会がありました。そこで実感したのは、経済性や安定供給の観点で見ると、既存のガスや火力発電は優れているという現実です。
しかし一方で、国際社会は脱炭素化に向かい、化石燃料は減らしていく流れにあります。アセットの価値も、例えば利益を多く生む化石燃料系のアセットであっても、販売しようとすると利益を多く生まないアセットより低い金額でしか売れないという歪みが世の中にはあります。自動車業界を例にとっても、販売台数は世界トップでも、必ずしも株価や時価総額はトップにならないという状況が起こりうる。市場がEV(電気自動車)に期待している表れによるものかもしれません。つまり、世の中は金銭価値だけでは動かない部分があるわけです。
そのすき間にフュージョンエネルギーは出てきました。マーケットのバリューは間違いなく付くし、成功すれば環境要因に左右されるエネルギーとは異なり、安定的に発電・供給ができる。そういった発電業界の地図のようなものを見て、フュージョンエネルギーはいいポジションにいると判断しました。
— なるほど、そういう判断の裏付けがあったわけですね。
吉岡 私が入社した2021年は、電力マーケットの潮目が大きく変わる時期でした。これは前職での学びでもありますが、トレーディングをやっていたときに、「マーケット・イズ・オールウェイズ・ライト」という言葉を意識していました。直訳すると「マーケットは常に正しい」ということですが、要は自分がどんなに頑張っても、素晴らしいことをしても、その成否を決めるのは自分ではなく、世の中がそう判断したときに初めて評価されるし、うまくいく。できること、やりたいこととマーケットは違う、ということです。
私も転職する際に、自分はフュージョンエネルギーに関心を持っているが、マーケットはどこを向いているのかを慎重に見極めました。結果、マーケットもフュージョンエネルギーに向いていると判断できたので、ここにベットしても負けないだろうと考えました。
もう一つ付け加えると、世の中を変えるものは、既存の技術プラスαではなく、絶対的に新しい技術だと思っています。再生可能エネルギーの生産性や安定性を向上させる技術革新は進んでいますが、そうした既存技術プラスαではなく、違う角度からのイノベーションがあって初めて世の中が変わる。その観点でフュージョンエネルギーは社会の大変革につながると考えています。
コミュニケーションを通して広がるビジョン
— 具体的に現在、どのような仕事をされているのですか。
吉岡 まずはジャイロトロン(プラズマ加熱装置)関連のビジネス全般を見ています。具体的には案件の開拓・受注に始まり、受注案件のプロジェクトマネジメント、中長期的な戦略立案などで、3~4割程度がこの仕事です。残りの6~7割は、英国政府が進める原型炉開発プロジェクトに関する入札対応や、その他顧客向けマーケティング、補助金関連の取りまとめなどに携わっています。各プロジェクトの進捗に合わせて、プロジェクトマネジャー的な立場で関わることが多いです。
総合商社のような巨大組織ではなく、小さなスタートアップですから、自分の携わるプロジェクトが会社の主要なビジネスにも直結しています。会社の成長に少しでも貢献できていることが実感しやすく、やりがいと充実感がありますね。
— フュージョンエネルギーの実現にはさまざまな分野・立場・年代・国の人との協力が不可欠になると思います。吉岡さんは仕事をする上で「相手に合わせたコミュニケーションを取れることが重要」とお考えとのことですが、実際にコミュニケーションで気を付けている点や、工夫されている点があれば教えてください。
吉岡 私は商社に入社した2年目に社内の留学制度でインドネシア大学に1年留学し、インドネシア語を学びました。その後はインドネシアの天然ガスのプロジェクトを担当し、政府関係者や官僚、ビジネスパーソンらとインドネシア語で契約のネゴシエーションをするなどしていました。さらにその後は、シンガポールでトレーディングに携わり、欧米やアジア各国の人など、さらにバックグラウンドの違う人たちとビジネスをする機会を得ました。天然ガスなど息の長いプロジェクトに関わる人たちと、毎日の変化が激しい金融界などで働く
人では、タイプが全然異なります。共通言語も違う。ものの考え方も違う。それぞれに適応しなければいけません。そういう言葉や文化、商慣習などが異なる人とコミュニケーションを取る難しさを体験し、そこからさまざまなテクニックを学びました。それが相手に合わせたコミュニケーションの大切さです。
フュージョンエネルギーの分野では、学者や研究者、メーカーのエンジニアなど多種多様なタイプの人と接します。それぞれの人と円滑にコミュニケーションを取れるよう意識しています。具体的に気を付けているのは、相手の話をよく聞くことです。当たり前のことですが、意識していないとつい自分の話を優先しがちです。そして相手の話に興味を持つこと。自分に興味を持ってくれる相手を、嫌う人は多くはいないのではないでしょうか。その2点を心がけてコミュニケーションを取るようにしています。
— 御社の今後の事業展開、ビジョンを教えていただけますか。
吉岡 核融合炉の周辺装置以外に、当社独自の研究開発として核融合発電試験プラント「UNITY」の建設を進めており、2024年中の主要機器の完成を目指しています。
海外事業の強化も図っています。UKAEAのプロジェクト参画にともなって、2021年に英国に子会社を設立しました。2023年には米国の子会社も本格稼働を始めました。フュージョンエネルギーの先進国である米英は、グローバルマーケットの開拓において重要な拠点となります。
当社をはじめ、ほかの日本企業も高い技術力を持っているのは間違いないですし、世界に通用することもわかっています。ただ一方で、追いかけてくる企業もたくさんいます。当社の場合、他社と競合せずに協力して一緒にフュージョンエネルギープラントをつくるというスタンスですが、相手企業からすれば当社を頼らずに、すべてを自前でつくれればそれにこしたことはありません。実際にそれくらいの資金力と時間があるので、当社が得意とする領域にもキャッチアップしようと、ものすごい勢いで研究開発を進めています。ですから当
社はどこまでも技術開発の歩みを止めずに、どんどんチャレンジしていくことが重要だと考えています。
その時に意識しているのは“攻め”と“守り”のバランスです。当社はスタートアップであり、フュージョンエネルギーという新しい未知の領域でビジネスを展開しているので、チャレンジしていくことは当然ですが、チャレンジすればそれだけ失敗も多くなります。しかし、失敗を恐れて議論ばかりしていては前に進みません。ですから一歩踏み出す勇気や、お客さまに未知の案件について相談されたら、「できない」と答えるのではなく、それを実現するために努力する。投資家への説明もそういう面があります。会社の成長戦略を描き、それを実現するために必死に努力する。そういうリスクテイクをしながら“攻める”姿勢が大事だと考えています。
ただ半面、そればかりだとオオカミ少年になるかもしれず、信頼が得られません。お客さまの信用、信頼を勝ち取るには、言ったことは必ず実現し、約束した納期を守ってきちんとプロダクトを届けることが重要です。そのためには日本のメーカーが長い間培ってきたプロジェクト管理の手法やルールづくりなど“守り”の部分が大事になります。
ですから攻めるときは積極果敢に攻め、少し行き過ぎたと感じた場合は、攻めの姿勢を少し抑制して守りに入る。しかし守ってばかりではスタートアップではなくなるので、機を見計らって再び攻めに転じる。そうした攻めと守りのバランスを意識しながら経営を行うように努めています。