食材の100%有効活用に向けて
— キユーピーは誰もが知るマヨネーズのトップブランドですが、卵加工品の製造に際し、国内産の卵の約10%も使用されているとは知りませんでした。
續木 そうですね。キユーピーグループでは、マヨネーズ以外にもさまざまな卵加工品を生産していますので、それら全体の使用量を合わせると、年間約42億個の卵を使用しています。
主力商品のマヨネーズは原料として卵黄を使用します。では、卵のその他の部分をどう活用するのかについては、かなり前から検討し、いろいろな取り組みを行ってきました。例えば、卵白はケーキなどお菓子の材料や、かまぼこやハムなどの加工品に利用されます。
そして卵殻は、土壌改良材に利用され、農家の方に使っていただいています。この取り組みは、1956年に始まりました。例えば、当社が開発したカルシウム強化剤「元気な骨」は卵殻粉を原料とした液状のもので、お米に入れて炊くことによって、手軽に骨や歯の形成に必要なカルシウムを取ることができます。
さらに、卵殻についている薄い膜、卵殻膜は、化粧品の原料にもなります。卵殻膜は水に溶け、肌のハリのもとになるコラーゲンを増やす働きがあることがわかっています。このように私たちは卵を100%有効活用するように努めてきました[図表1]。
— 卵が化粧品の原料になるのですね。驚きました。
續木 卵を活用して、食品・化粧品・医薬品といったファインケミカルを製造する取り組みは、1980年代から行われていました。卵黄、卵白、卵殻膜といった卵の有効活用だけでなく、鶏のトサカから抽出されるヒアルロン酸を使った医薬品も販売しています。
— 再利用の活動は、卵を産む鶏にも及ぶのですね。また、御社は幅広く事業展開をされていますが、マヨネーズ以外の商品についての取り組みはいかがですか。
續木 主力商品のマヨネーズやドレッシングは、最近はさまざまな料理に活用いただいていますが、元はサラダにかける調味料として発売されました。同グループには、パッケージサラダを手掛ける「サラダクラブ」と「グリーンメッセージ」という会社があります。「サラダクラブ」はよくスーパーでもお目にかかる機会があると思いますが。
— 忙しいときの救世主として、よくお世話になっています。
續木 ありがとうございます。私も正直、時間のないときに、主に時短目的で使っているのですが(笑)、そのカット野菜を製造する過程で、どうしても廃棄する部分が出てきます。
例えば以前は、キャベツの外葉や芯といった食用に適さない部分は捨てざるを得なかったのですが、堆肥や飼料に加工することによって再利用の道を開いてきました。堆肥化については、「サラダクラブ」の工場内に発酵減容機という機械があります。サラダの製造工場で出てきたキャベツの外葉や芯など、使わないものをここに入れて発酵させます。それを堆肥製造会社で堆肥化してもらい、「サラダクラブ」の契約農家さんに使っていただきます。そこで採れた野菜をまた、サラダをつくるために私たちが購入するのです。
このような循環の試みは、かなり地道な努力が必要です。最初は一工場の取り組みから始めましたが、現在では多くの工場に展開することができています。おかげでサラダを製造する過程の食品残渣は、ほぼゼロに近づきました。飼料化についても、乳牛の飼料にしていただき、しっかりと野菜の食品残渣が利用されています[図表2]。
プラスチック容器の改善への取り組み
— 食品ロスを出さない取り組みに加えて、マヨネーズのプラスチック容器の改善など、リサイクルにも積極的に取り組んでいらっしゃいます。
續木 元々プラスチック容器の改良は、品質保持や賞味期限の延長を目的に取り組んできました。軽くて壊れにくいという利点があるプラスチック容器ですが、近年では生態系や地球環境に大きな影響があることが指摘されています。
キユーピーグループでは、2019年に「キユーピーグループプラスチック方針」を策定し、3R+Renewable*の実施に向けて、開発段階から環境配慮設計を行い、バリューチェーン全体での協力推進をうたっています。特に「テイスティドレッシング」というドレッシングのシリーズでは、2021年より再生プラスチックを含む容器を使用しています。まず30%から取り組みを始め、昨年の8月には、再生プラスチック100%容器への切り替えを行いました。これは、国内調味料としては初めての試み。今後はほかの商品にも拡大し、プラスチック容器の回収から再生までの良い循環をつくっていきたいですね。
循環社会への取り組みと、賞味期限の延長は、二兎を追うことになり、簡単な道のりではありませんが、時間をかけて少しずつ取り組んでいくしかありません。それは私たち1社でできることではなく、サプライチェーン全体で協働しながら進めていく必要があります。
食品残渣の削減からバイオマス発電へ
— 容器リサイクルの取り組みに加え、マヨネーズから出る食品残渣とほかの廃棄物との掛け合わせによる、バイオガス発電を実現されました。
續木 長年の取り組みがやっと実を結んだというのが正直なところです。当社は、マヨネーズのシェアナンバーワンの会社として、お客様の多様な要望に応えるために商品開発を重ねてきました。あまりスーパーでは見かけないような業務用も含め、全てのマヨネーズの種類を合わせると250にも上ります。
それだけの種類のマヨネーズを製造しているので、それらを工場で生産する際、前の製品から次の製品への切り替え時に、配管をきれいに清掃する機会がたびたびあります。その都度、きれいに掃除しても、どうしても前の製品が配管に残ってしまうのです。一つ一つのケースは少量ですが、切り替えの回数が多いので、全体として量が多くなってしまいます。また、マヨネーズという製品は、成分に油を多く含み、塩分も入っているので、再資源化が大変難しいといわれていました。
ジャガイモやキャベツといった野菜の廃棄物については飼料化や堆肥化が進んでいるのに、マヨネーズは再利用の道筋がなかなか描けない。試行錯誤を重ねていた2018年に、廃棄物に詳しい取引会社の方の話を通して、養豚業者さんが、豚の糞尿を使ってバイオガス発電を試みている、ということを知りました。
バイオマス発電は、廃棄物から生じるメタンを発酵させてつくるメタンガスを発電に利用する仕組みです。ところが豚の糞尿だけではどうしても上手くいかず、発電用に掛け合わせるための、カロリーの高い材料を探している、ということでした。バイオガス発電は、マヨネーズや豚の糞尿それぞれ単体では不十分で、両方が必要だったのです。
— マヨネーズの残渣と豚の糞尿を掛け合わせるという“お見合い”が上手くいったのですね。
續木 そうですね。ただ、それらを単純に混ぜるだけではなかなか思うような結果が出なかった。適切な配合を見つけるのに、多くの時間を要しました。そしてやっと4年目に、メタン菌が食べてくれる配合を実現させることができたのです。
現在では5つの工場で廃棄マヨネーズをバイオガス発電に利用する取り組みを実施しています。これまで発電した量は累計約670メガワットになり、これは当社の渋谷のオフィス施設の、1年分の電力消費量に相当します。
2022年に、この取り組みを社内で発表したところ、社長賞を受賞。社内で「これはすごく価値のある取り組みだよね」と賛同いただき、社外にも発表することに。そうして、さまざまなところで、このバイオマス発電の取り組みを取り上げていただきました。
「新たな価値に変える」を大切に
— 長年にわたるバイオマス発電の取り組みが社内外で認められたことで、改めて関係者の方々と共有したいことや、再確認されたことはありますか。
續木 それは、「新たな価値に変えていく」ということが非常に大切だということです。食品ロスや食品残渣を減らすのは、社会貢献に取り組んでいく上ではある意味、当然のことだと思っています。そこにプラスアルファとして、今までにない価値を生み出す必要があります。
弊社の「サステナビリティ基本方針」には、サステナビリティに対する考え方が明確に記されています。「愛は食卓にある。」への想いを大切に、さまざまな課題に対して「おいしさ、やさしさ、ユニークさ」をもって取り組み、解決をめざします、と掲げています。
その中でも、「ユニークさ」というのが非常に重要です。日々の取り組みの中で、社会課題を解決すると同時に、新たな価値を生み出していくことも意識して取り組みを行いたいと思います。
それは目立った活動をするというよりは、「キユーピーだからこそ、できることは何か」ということです。卵の有効活用や、主力商品のマヨネーズの残渣を、「これまでは、そのまま捨てていたけど何とかしたい」というような、当社の活動に根付いたもの。これらの“ユニークな”活動は、他社の方々にも興味を示していただいており、さらには、「社会に良いことをやっている会社ならマヨネーズを買います」と好意的な印象を抱いていただく機会も多いと感じています。このように、世間から良い反応の声をたくさん聞くことができ、本当にうれしく思います。
— 御社の数々の社会貢献活動は、創始者の理念が受け継がれているようにも感じます。
續木 おっしゃるように、キユーピーグループでは、創始者の中島董一郎が掲げていた「食を通じて社会に貢献する」という精神がしっかりと受け継がれています。SDGsという言葉が登場するずっと以前から、会社の活動の軸として社会貢献があったようですね。
— その長年のさまざまな取り組みが、社外でも認められて表彰をされたとうかがいました。
續木 マヨネーズ残渣のバイオガス発電への活用については、「第11回食品産業もったいない大賞」において農林水産省大臣官房長賞を受賞しました。
同取り組みは、リデュース・リユース・リサイクル推進功労者等表彰で「リデュース・リユース・リサイクル推進協議会会長賞」という賞も頂きました。これまで、平成30年度に「野菜の未利用部を活用した資源循環の推進」で内閣総理大臣賞、令和元年度に「卵殻の付加価値化と社会貢献への挑戦」で農林水産大臣賞を受賞しております。
— ところで續木さんは、どのような経緯でサステナビリティ推進部環境チームに所属されたのでしょうか。
續木 私は新卒で入社以来、労務、法務などの管理部門の仕事に従事しておりました。法務部にいた頃、隣の「社会環境推進室」(当時)の者から「ボランティアをやってみないか」と誘われたことがきっかけで、興味を持ち始めました。「社会貢献ってすごく気持ちがいいな」と面白くなって、自分からフードバンクなどのボランティア活動に参加するようになったのです。
— 社会貢献への関心が自然に生まれる雰囲気が社内にあったのですね。
續木 そうですね。社内にはボランティア活動をしやすい環境が整っていると思います。そのほかに、社内マッチングギフト制度「QPeace」があります。これは社員が、社会課題の解決に取り組む団体へ寄付を行うことが推奨される制度です。寄付を希望する社員の毎月の給与から天引きして積み立てる形で行われ、会社が積立金と同額を支援します。私は2008年に、この制度ができてすぐ寄付させていただきました。
ほかにも、1960年より財団法人ベルマーク教育助成財団へ協賛をしたり、自治体と協働した活動や文化・教育支援活動を行ったりしています。このような活動は「社会に良いことをしている」という実感があって、大変やりがいが感じられますね。
— 一連の社会貢献活動が、御社のさらなる取り組みにつながった事例はありますか。
續木 2023年に“サステナブルな食”のブランドとして「GREEN KEWPIE」を立ち上げました。植物性原材料を主体とし、健康・環境に配慮したドレッシングやパスタソース、マヨネーズなどの商品を展開し、「新たな食の選択肢」を提供しています。
その中に、卵を使っていないプラントベースフード「HOBOTAMA(スクランブル)」があります。プラントベースフードの先駆けとして2021年に業務用に販売しました。その後、多くの要望にお応えする形で、2022年3月に家庭用として、スクランブルエッグ風と加熱用液卵風の2品を販売しました。昨年12月に私が環境関係のイベントに参加したのですが、その際に、「HOBOTAMAをきっかけに、卵を食べられるようになりました」というポジティブなお声を頂き、うれしかったです。
また、卵を産む鶏のアニマルウェルフェアに関しては、弊社がWebサイトで公開している「持続可能な調達のための基本方針」において、鶏卵の入手や今後の持続可能な卵の飼養管理のあり方などの取り組みをご紹介しています。昨年の8月には、平飼い卵を使用したマヨネーズを販売しました。これからも多様な食のニーズに応えた商品を開発し、新たな食の選択肢を提案していきたいと思います。
サステナビリティを楽しく
— それら多岐にわたる活動は、どのように外部へと発信されているのでしょうか。
續木 まず食育についてですが、我々が「オープンキッチン」と呼ぶ、工場見学のような機会を通じて、食育活動や健康に対する意識の醸成を行っています。
「食に関する情報提供」に関しては、学校や消費生活センターにDVDを無償で配布する「メディアライブラリー活動」を実施しています。
またWebサイトでも、「食生活アカデミー」というページを設け、食材の選び方、体をつくる栄養素、環境や未来につながる食生活など、食とそれにまつわる生活についての情報を発信しております。本社の製造品に深く関わる「卵」や「野菜」「油」などに関する情報は、特別にコーナーも設けています。
さらに、講演会や出前授業、施設での食育など、外に出ていく活動も行っているのですが、その中に、小学校でマヨネーズづくりの実演などを行う「マヨネーズ教室」があります。そこで訪れた小学校で、「SDGs教室もあるのですが」とご紹介したところ、「是非うちでもやってください」という依頼があり、今はそれをどんどん広げている感じです。
— 食育活動から、SDGsに関する活動に広がったのですね。
續木 2022年6月から、小学生を対象とした出前授業「SDGs教室」をスタート。これはキユーピーグループならではのSDGsの取り組みを、小学生にわかりやすく説明するものです。実際の教室訪問のほか、オンラインでも対応しています。
その中で、食品ロスを出さないための、食の大切さを伝えるプログラムがあります。小学生からの“反応の声”を読むと、「ちゃんと残さず食べます」とか「スーパーの陳列商品は手前から取ります」「好き嫌いをしません」など、そういうちょっと、ほっこりするような感想が非常に多くて癒やされました。
— 素直な感想に、こちらも癒やされます(笑)。やはり小学生のうちからですね。
續木 そうですね。小学生の時から、一人一人が食品ロスを減らすためにどうすればいいかを、考えてもらえるような機会を増やしたいと思います。
弊社の東京都調布市にある仙川キユーポート(グループオフィス)には見学施設「マヨテラス」が併設されているのですが、そこで昨年夏に小学生の自由研究に役立つイベントとして、ドレッシングに関するSDGsの話をしました。
また、プラントベースフード「GREEN KEWPIE」の商品を通して、社会や環境について考えてもらうようなワークショップのイベント開催もしています。おかげさまで最近では、キユーピーグループのサステナビリティ活動についての講演依頼もたびたび頂戴するようになりました。
笑顔あふれる未来をつくる
— 御社は一貫したメッセージやデザインからなる広告や、長寿料理番組の提供など、大変息の長い発信で広く知られています。
續木 単純に商品を売るということだけでなく、食の楽しさを消費者の方々に伝える取り組みは、今後も継続していきたいですね。
1962年より放映されている料理番組「3分クッキング」では、毎週水曜日を「プラスエコの日」として、エコをテーマにしたレシピを紹介するようにしました。毎日の料理に取り入れられるような手軽さで、環境に優しい献立づくりに役立てていただければと思っています。
そのような多くの方々に、サステナビリティについて考えていただくきっかけをつくることで、社会全体で食品ロスにつながるといいなと願っています。食品ロスを減らすには、消費者の方々の協力が欠かせません。いくら製造工程で食品ロスを出さないようにしても、食品廃棄をゼロにすることは不可能です。消費者の方に「食品ロスを出さない」という意識を持っていただき、我々のような食品メーカーとの一体化した意識共有ができて、初めて食品ロスを減らすことが可能になる。ですので、我々は今後もお客様の多様なニーズにお応えできるように努めていくつもりです。
— メーカーと利用者とが一体となって、良い循環社会をつくるわけですね。
續木 当社のサステナビリティのゴールは、「笑顔あふれる未来をつくる」です。我々だけが笑顔であればいいという話ではなく、消費者の方もまた、当社の取り組みを通して笑顔になった、といったことが増えるように進んでいきたいですね。
そして今後は、そうしたことにきちんと貢献している企業が、社会の中でも選ばれるように思います。今まで培ってきたものを維持しつつ、消費者の行動を変えるきっかけをご提案することによって、プラスの価値が生まれるような活動をしていきたい。社会全体で食品ロスを減らし、笑顔があふれる未来を実現したい、その一心で今後も取り組んでいくつもりです。
〈註釈〉
* Reduce(リデュース)、Reuse(リユース)、Recycle(リサイクル)の3つのRに、Renewable(リニューアブル)を加えた総称。