地域に必要な防災マネジメントと防災訓練

2024年6月27日 12:00 Vol.88
   
近藤 伸也
宇都宮大学地域デザイン科学部社会基盤デザイン学科准教授
Shinya Kondo
1977年東京都生まれ。東京大学大学院工学系研究科社会基盤学専攻博士課程修了。博士(工学)。東京大学生産技術研究所特任研究員、阪神・淡路 大震災記念 人と防災未来センター研究主幹などを経て、2015年より宇都宮 大学に勤務。16年より現職。共編著書に『はじめての地域防災マネジメント』(北樹出版/2021年)がある。専門は防災マネジメントで、主に災害発生直後から災害対応できるよう日常時から教育・訓練を企画運営する。

はじめに

本稿では、地域や組織を防災の視点から管理・運営することを防災マネジメントとする。地域で防災マネジメントを行うとき、多くは物資の備蓄、消火器による消火訓練、HUG(避難所運営ゲーム)の実施など、ある程度決められた活動をすることが多い。

これらの活動は災害時に向けて大事なことであるが、実際の災害時には、身の安全を守る活動、避難所生活、応急住宅の確保、地域の復興などさまざまな事象が発生する。したがって防災マネジメントの実施には、日常時から災害時のより多くの事象に対して準備できる活動をすべきである。しかし、災害時の状況をイメージすることが難しいため、防災マネジメントを行うにしても、どこから手を付ければいいのかがわかりにくい。また今まで実施したことがない訓練を行うためには、どのように企画運営するのかも経験がないと難しい。

本稿では、防災マネジメントの全体像を紹介することで、少しでも災害時の状況の認識を手助けするのに加え、防災訓練の企画運営フローを紹介することで、過去に経験のない防災訓練の企画運営の手助けとしたい。

 
 
 
 

災害と防災

我が国はさまざまな種類の災害と縁が深い土地である。地震災害は、例えば2024年元旦に発生した令和6年能登半島地震(死者245名、消防庁2024年4月12日現在)がある。津波災害は2011年の東日本大震災(東北地方太平洋沖地震による大津波/死者・行方不明者22,325名、消防庁2024年3月1日現在)がある。風水害は、2018年に発生した平成30年7月豪雨(死者・行方不明者271名、消防庁2019年8月20日現在)や、2019年に発生した令和元年東日本台風(死者・行方不明者121名、消防庁2020年10月13日現在)をはじめとして、毎年のように発生している。火山災害も2014年に長野県と岐阜県境にある御嶽山の噴火により登山客が被災している(死者・行方不明者63名、
消防庁2015年11月6日現在)。

今後も大きな災害が懸念されている。例えば東京湾周辺での発生が見込まれる首都直下地震では、中央防災会議での被害想定によると、建物倒壊や市街地の延焼火災などによる死者が約23,000人になるとされている(1)。東海から近畿、四国、九州地方南部を中心に、大きな地震動と津波による被害が想定される南海トラフ巨大地震は、内閣府政策統括官(防災担当)の被害想定では、最大約44,000人に達するとしている(2)。水
害では、豪雨により利根川の栗橋上流が破堤(1947年カスリーン台風での破堤箇所)した場合、約4,500人の死者と浸水地域には最大2週間程度の湛水が想定されている(3)。火山災害では富士山の噴火による災害が想定されており、近隣地域の被害
のほか、降灰による影響で東京周辺の交通機関やライフライン等に影響が生じるとしている。

今回紹介した地域に現在居住されている方が防災に努めるのは当然であるけれども、そうでない地域に居住されている方々も、その土地ごとに災害があるほか、進学や就職・転勤等によって今回紹介した地域に居住する可能性はある。そして観光や里帰り等により一時的に滞在することもあるため、防災はしていただきたい。また関わっている産業が今回紹介した地域と関連している場合、事業の継続に何かしらの影響が
生じることも考えられる。

そもそも災害とは何なのか。災害対策基本法では、「暴風、竜巻、豪雨、豪雪、洪水、崖崩れ、土石流、高潮、地震、津波、噴火、地滑りその他の異常な自然現象又は大規模な火事若しくは爆発その他その及ぼす被害の程度においてこれらに類する政令で定める原因により生ずる被害をいう」。[図表1]は災害の分類を示したものである。災害は大きく自然災害と人為災害に分類されている。最近では、東日本大震災という自然災害に、人為災害の福島第一原子力発電所事故が関連することから、自然災害と人為災害の要素が混合されてきている。2020年から流行した新型コロナウイルス感染症は、この分類だと自然災害に含まれる。

一方で防災とは、災害対策基本法によると、「災害を未然に防止し、災害が発生した場合における被害の拡大を防ぎ、及び災害の復旧を図ることをいう」とある。この定義は、地震や大雨などの現象そのものを防ぐことはできないものの、現象に伴う被害、すなわち災害は防ぐことができることを表す。また、その後の火災や津波、避難の遅れによる災害関連死など、被害の拡大も防ぐことができることを示している。

   

 
 
 
 

防災マネジメントの全体像

筆者は、前章で説明した防災を地域で実施するための防災マネジメントを提案している。[図表2]はその全体像である。防災マネジメントは災害発生後だけ頑張るのではなく、日頃から(A)被害抑止を支援する施策と、(B)被害軽減に向けた取り組み、(C)災害予知と警報が来る前の準備を少しずつ積み上げることが大事となる。災害発生後には、(D)被害評価を迅速に行うシステムを構築して、(E)災害対応の支援を行い、(F)復旧の支援および(G)復興の支援の段階になっても、それで終わりにするのではなく、この災害がどのようなもので何が教訓なのか、(H)次世代への伝承が重要である。また、それぞれの項目を円滑に実施するためには、(I)情報マネジメントをどのようにするかを検討しなければならない。

(A)被害抑止を支援する施策

「被害抑止を支援する施策」とは、外力によって災害および災害による被害が引き起こされないようにする対策を意味する。ここでいう外力とは、災害発生の潜在的要因となるものである。地震災害における地震そのものによる揺れ(地震動)であり、竜巻災害における竜巻そのものを指す。被害抑止策は、河川から水が浸水しないように堤防を高くする、波が襲来しても沿岸の市街地には及ばないように防波堤を高くするなど、行政が行うべきものが多い。しかし市民が対策できるものとして、地震の被害抑止策の1つである、所有する建物の耐震補強および家具の転倒防止策を講じることが挙げられる。

(B)被害軽減に向けた取り組み

「被害軽減に向けた取り組み」における被害軽減とは、災害および災害による被害が起こった後の影響の拡大を防ぐために、日常から準備しておくことである。影響の拡大とは、外力およびある被害への対応がうまくいかなかったために、別の被害が生じてしまうことだ。

災害関連死という用語がある。これは災害による負傷の悪化や、避難所生活等から来る身体的負担による疾病などにより、亡くなられた人のことを指す。被害軽減の目的の1つは、災害による直接的な被害は減らせなくとも、このような災害関連死を減らすことにある。被害軽減に向けた取り組みで代表的なものが、防災や災害対応に関する能力を身につける防災教育や防災訓練である。どちらかというと防災訓練は身体を動かして能力を身につける、もしくはやり方を確認するものであり、防災教育はそれに加えて知識を得ることを含めたものである。防災教育と防災訓練は行政が行うイメージがあるかもしれないが、市民がアイデアを持ち寄って市民のニーズに合った訓練をしているところもある。

   

(C)災害予知と警報が来る前の準備

災害の予知や警戒情報は、その性質上、予知または警戒情報が発表されても災害が発生しない空振りが起こることもあれば、予知や警報が発表される前に災害が発生することもある。予知や警戒情報は、それらがどのように発表されているのかを知って活用することが大事である。災害予知と警報を受け取る前の準備とは、災害が発生する前に発信される予知および警戒情報を受信したときに、自分や家族および職場の安全を守るために何をするべきかを平時から準備しておくことだ。

災害に関する警戒情報としては、地震災害における緊急地震速報をはじめ、土砂災害の警戒を呼びかける土砂災害警戒情報や、河川の増水や氾濫に対する警戒を呼びかける指定河川洪水予報などからなる防災気象情報、住民の避難を呼びかける高齢者等避難および避難指示などがある。

(D)被害評価を迅速に行うシステム構築

災害発生直後は全員が自分の身を守ることに集中するが、外力が収まった後は、緊急時の対応(救急救命活動等)をより適切に進めるために、被害の程度を把握する被害評価を迅速に行うシステムの構築が必要である。このようなシステム構築の考え方としてCSCAがある。これは災害時に効率的な医療活動を行うための基本原則である、CSCATTTの前半部分をもとにしている。


CSCAの「C:指揮命令系統の確立」は、指揮と統制および調整からなる。指揮とは、組織の上から下(垂直方向)に機能するものである。ある組織が指揮によって動くものとすると、ある職員は、1人の上司から与えられた業務を実施する。業務の実施結果は、業務を与えた上司にのみ報告する。統制は、業務を実施するにあたって必要な人員、物資、時間、場所などを見積もって配分し、業務の実施状況を監視することである。調整は、災害現場で最大限の対応ができるように、庁舎にある災害対策本部が現場に権限を委譲することである。現場にある複数の組織が1つの組織のごとく指揮統制できるようにすることを、統合指揮と呼ぶ。


「S:安全確保」は自分の身を守ることを意味している。災害によって身に危険なことが起こった、もしくは起こりそうなときには、現場から退避して、立ち入りを禁止し、消防署や消防団など専門的な対応ができる組織に、救急救助が必要なことを知らせることが重要である。災害時に発生した火災が個人では対応できない規模に延焼した場合には、安全な場所に避難し、現場には入れないように措置をして、「119」もしくは消防署や消防団に火災発生の連絡をする。

「C:通信連絡方法の確立」は、早い段階で自分にとって大切な人との連絡体制を確立して、定期的に連絡を取り合うための手立てを講じることである。“大切な人”とは、両親、パートナーなど人によって変わるため、このような表現を使っている。個人の災害対応を考える場合、2段階の考え方がある。通信手段に被害が生じなかった場合は、ほとんどの人が日常と変わらない連絡手段を取ることになるだろう。一方で通信手段に被害が生じた場合、家族や友人、職場などに対して、どのような手段で連絡を取るのかを考えなければならない。例えば家族であれば、停電や輻ふく輳そう等により通信手段がない場合のために集合場所をあらかじめ決めておいて、災害時はその場所に集合することもあるだろう。

「A:被害の評価」は、今後、自分が何をしなければならないかを決断するために行うものである。災害医療には評価レポートの形式でMETHANE(メタン)というものがある。これは災害発生直後の情報共有のために開発された形式であり、[図表3]の項目に従って報告することで、抜け漏れがなく状況を報告できるようにしている。

   

(E)災害対応の支援

ここでいう災害対応とは、災害発生時あるいは直後に生じる被災者の救命・救助・救援活動を指す。具体的には災害救助法(1947年施行)に示されている。災害救助法は災害直後の応急的な生活の救済などを定めた法律であり、都道府県と国による被災者救助の基本的枠組みである。多数の被害が発生した被災市町村に対して、都道府県が適用し、応急的な救助の要請・調整、費用の負担を行う。法に定められた救助の費用は、原則として各都道府県が負担し、都道府県の財政力に応じて国が補助する。災害救助法には適用基準があり、被災地の人口に応じて住家滅失世帯数が定められている。

(F)復旧の支援および(G)復興の支援

復旧とは機能を回復するための諸活動であり、災害復旧とは災害発生以前の生活を取り戻すための一連の活動である。災害によって、道路をはじめとした生活を支えるインフラストラクチャ(インフラ)に被害が生じる場合がある。完全な復旧には時間がかかると予想される一方で、生活を取り戻すためには早期の復旧が必要となる場合、本格的に復旧する前の段階として、構造物は仮設にして、インフラそのものの機能だけを取り戻す応急復旧を行うことが多い。例えば、地震災害によって落橋被害が生じた場合に仮設橋梁を建設したり、水害によって堤防が破堤した場合に、次の大雨に備えて土のうで仮設の堤防を造ったりすることなどである。

一方で復興は、復旧とは違って災害発生前の生活とは違う何かを獲得するものである。災害と同じ外力がかかっても被害が生じない地域をつくることを意味する議論もある。ここでいう「何か」とは、その議論の内容だけとは限らない。

(H)次世代への伝承

次世代への伝承とは、被災地のいち早い復興を願いつつ、災害に関する情報や災害の教訓を、経験していない人々に伝えることである。形式としては①記録、②物語、③図画、④モニュメントの4つが挙げられる。

①記録とは、当時の状況をそのまま認識できるように各種媒体に収録したものであり、写真や動画、新聞、報告書などがある。災害時の新聞記事や写真、動画などを保存し、検索して活用できるものはアーカイブと呼ばれている。

②物語は、防災に関する教訓などをより効果的に後世に伝えるために、物語というフォーマットに当てはめたものである。代表的なものとしては1897年に小泉八雲が英語で発表し、1934年頃に中井常蔵が和訳した『稲むらの火』がある。これは、1854年の安政南海地震の出来事をもとに、地震発生後の津波への警戒や早期避難の重要性を伝えてきた。

③図画は、災害時の状況を後世に伝えるために、市井の人々を含め広く描かれたものである。代表的なものとしては、安政江戸地震(1855年)で流行した「なまず絵」がある。これは、地震の化身とされたなまずを用いて、災害からのいち早い復興を願ったものである。

④モニュメントは、石碑や像など形あるものを、主に行政や団体、個人が設置して、災害について後世に伝えるものである。津波による被害が発生した地域では、津波が到達した地点に津波碑が設置されることがある。津波碑は津波常襲地帯の三陸地方に多く、山間地には土砂災害を防ぐ砂防事業に関する石碑が多い。

(I)対応を円滑にする情報マネジメント

災害対応時に取り扱う情報は、どこが壊れたのか、どこが通れないのかなどを示す被害情報、個人の安否を示す安否情報、給水所など生活に必要なものがどこにあるのかを示す生活情報などがある。本章で定義する情報マネジメントは、①情報の収集から②管理、③加工、④活用までの一連の流れを意味する。

情報マネジメントの目的は、災害対応組織や被災者支援組織が、今後の被災地をどのようにするかという目標と対応方針を策定するために、被害状況の全体像を認識できるよう整理すること。そして救助活動を行う部隊に要救助場所と車両が通過可能な道路地図を提供したり、被災者を支援する組織が生活に利用可能な施設に関する情報を提供したりするなど、災害対応業務で情報を活用することである。

①収集とは情報を集めることであるが、その際には、すべての情報をやみくもに集めるのではなく、組織として被災地をどのようにするかを示す目標に従って集めることとなる。例えば地震の発生直後には、被災した人が生き残ることが目標になるので、二次災害に留意しながら要救助の情報を集めることになり、救助活動が一段落ついた後には、被災者を支援することが目標になるので、生活情報を集めることになる。

②管理とは、集まってきた情報に索引など見出しとなる項目を設定することで、情報を検索しやすくすることである。管理の仕方は情報の種別によって異なる。ヤコブソンによると、地名・人名に関する情報は五十音順、業務種別に関する情報はカテゴリー別、震度分布やライフライン、道路被害など被害の全体像を示す情報は、地図で認識できる形式、避難者数・建物倒壊数など被害の大きさとその後の施策に必要となる資源を認識できる情報は、数量で認識できる形式、道路の復旧予定日など今後の見通しを立てるための情報は、時系列で認識できる形式となる(4)。

③加工とは、集まってきた情報を災害対応業務の内容に応じて、業務を実施する人たちが認識できる形式にまとめることである。

 
 
 
 

防災訓練の企画運営フロー

地域住民に限らず、行政や企業などさまざまな組織は防災訓練を企画運営する。防災訓練とは、防災に関連する①知識の応用技能、②技能、③態度、④成果物を身体を動かす、もしくは頭を使うなどして獲得もしくは修得するものである。

①知識の応用技能とは、単に法律やマニュアルなどを覚えるだけではなく、現場の状況に応じて使うことができることを示す。例えば、避難所運営マニュアルは事前に読んでおくことで知識として覚えることができるが、避難所運営訓練では、避難者の状況に応じて知識をどのように応用すればいいのかを身につける。

②技能は身体を使う技術である。例えば、消火器で消火したり、段ボールベッドを組み立てたりすることである。

③態度は自分の行動を方向付ける気持ちや心構えのようなものである。例えば、日常では物事の決断までに時間がある場合が多いが、災害時には限られた時間で決断をする心構えを防災訓練で身につけることが挙げられる。

④成果物は何らかの活動の成果であり、近隣の災害で危ない場所を記録した防災マップを作成する取り組みによって災害時の状況を頭にイメージするという意味から、ここでは防災訓練の1つとして考えられる。

上記で説明した防災訓練を企画運営した経験のある人は、地域ではある程度いるものの、行政や企業などの組織ではそれほど多くないと思われる。防災訓練の企画運営は、そもそも災害時の状況を認識することが難しいため、訓練の前提を組み立てられない。訓練をはじめとした大人数が参加する企画運営の経験不足で、特に何のための訓練なのかを参加者に浸透できない。訓練をやりっぱなしで成果の評価・検証によるフィードバックを行わない。1人が大規模訓練の担当になるなど、訓練の想定規模と必要な体制のミスマッチがある。これらを踏まえて、筆者は防災訓練の企画運営フローとして以下の①〜⑨を提案している。

最初の①状況認識は、災害発生前後に訓練で対象としている個人・地域・組織で起こり得る状況を認識することである。行政や企業などの組織の災害対策本部がどのように運営されるのか、風水害や土砂災害が発生する前には警報や避難指示など、どのような状況になるのか等を認識することである。そのためには、行政が公開している被害想定、過去の災害の教訓や専門家の知見等が必要となる。

②ねらいの設定は、状況認識に従って訓練・演習の対象者を設定し、その対象者が習得する、もしくは身につける能力およびやるべき行動を設定することである。経験的に対象者を設定する場合、組織ではいきなり組織全員を対象とするのではなく、関係者間で試行してから、少しずつ拡張していくと、うまく対応できる。身につける能力も1つの訓練でできることには限界があるので、複数の能力を一遍に対象にするのではなく、できる範囲で考えることが重要である。また担当者が変わる場合も多いので、繰り返し行うことも重要である。

③制約条件の抽出は、先に設定したねらいの達成に向けて、訓練の実施に必要な制約条件を洗い出すことである。例えば、行政の訓練では、首長が参加することになると首長は多忙のため、実施時期に制限が課せられる。そのほか、場所も広い場所がなく、狭い場所を幾つかオンラインでつないで行うことも考えられる。

④技法の設定は、先に設定したねらいの達成に必要となる訓練の技法を、前記の制約条件を踏まえて選定することである。防災や災害対応に不慣れなところでは、訓練の設計の際に「実働訓練をやろう」と技法が先に選定されることが多い。本来はねらいを先に選定しなければならない。

⑤カリキュラムの設計は、これまでの工程を踏まえて、訓練のねらいを達成するための段取りと、実施に必要となる資料や設備などを検討するものである。段取りは対象者への事前説明からフィードバックまでを考慮する。また設備はこの時点で既に決定していることが多いが、レイアウト(机や椅子の配置)や道具(ホワイトボードや模造紙等)はここで決めることになる。

⑥開発では、上記⑤のカリキュラムの設計の段階で明らかとなった、実施に必要となる資料等の作成を行う。ほかの訓練で用いたものを流用することもある。またリハーサル等による事前確認を行い、場合によってはカリキュラムから修正することもある。

⑦実施は、訓練の企画運営者が⑥の開発で作成した資料をもとに、設計されたカリキュラムに従って訓練を運営する。演習・訓練中で参加者の対応が当初のねらいと乖離してきたと判断した場合は、ねらいに従った内容になるよう適宜修正する。

⑧評価・検証は、参加者が訓練の実施によって当初設定したねらいを達成できたか評価するとともに、訓練そのものがねらいを達成し得るものだったかを、参加者のアンケートや企画運営者の評価等により検証することである。評価する段階としては、参加者の満足度が高かったか、参加者の理解度は深まったか、参加者の日常の行動に変化があったか、災害時にねらいを踏まえた行動ができたか、の4段階が考えられる。

⑨フィードバックは、演習・訓練の成果を個人・地域・組織に反映する段階である。例えば、ある地域の避難所運営訓練のねらいが「避難所運営マニュアルの内容を検証すること」ならば、訓練の成果を踏まえて「避難所運営マニュアル」の修正箇所を検討することになる。

 
 
 
 

おわりに

後半の防災訓練の企画運営フローで最も伝えたいことは、防災訓練の企画では、初めにねらいを設定すべきということである。例えば、行政から「状況付与型図上演習を実施したい」という依頼を受けることがあるが、「その訓練はどのような状況認識で、何がねらいなのか」という問いかけをすると、状況付与型の図上演習を実施することが先んじてしまい、問いに対する答えが出ないことが多い。このように決められた型(どこ
かで実施していた訓練の真似をする)の訓練を行うことを優先させてしまうと、そもそも訓練の目的が何なのかを忘れてしまいがちである。住民対象の避難訓練の場合、地震災害、津波災害、水害、火山災害などで、状況は変わってくる。「学校の避難訓練のように建物内にいる人々を安全に建物外部に誘導する」ことや「避難指示発表後に地域の指定避難所をはじめとした身の安全を守る場所に避難する」など、ねらいを変えること
によって訓練の内容も変わることが認識できる。繰り返しになるが、防災訓練の企画には、ねらいを設定することが重要なのである。

〈註釈〉
(1) 中央防災会議首都直下地震対策検討ワーキンググループ:首都直下地震の被害想定と対策について,https://www.bousai.go.jp/jishin/syuto/taisaku_wg/index.html,2013.( 2024年5月2日確認)
(2) 内閣府政策統括官(防災担当):南海トラフ巨大地震の被害想定について( 建物被害・人的被害),https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/taisaku_wg/pdf/1_sanko2.pdf,2019.( 2024年5月2日確認)
(3) 内閣府政策統括官(防災担当):利根川洪水氾濫時の人的被害想定結果,https://www.bousai.go.jp/fusuigai/pdf/080908_shiryo_4.pdf,2008.( 2024年5月2日確認)
(4) ヤコブソン,R. 編,篠原稔和監訳,食野雅子訳『情報デザイン原論―「ものごと」を形にするテンプレート』,東京電機大学出版局,2004.

宇都宮大学地域デザイン科学部社会基盤デザイン学科マネジメント研究室