あらゆる「水問題」の解決につながる水再生システム
— 御社の水循環型シャワー「WOTA BOX」と水循環型手洗いスタンド「WOSH」が、今年1月に発生した能登半島地震の被災地に多数届けられ、役立っていることをニュースで拝見しました。これらはどういった特色を備えた製品なのですか。
越智 WOTA BOXは災害断水時の入浴支援・衛生支援を目的に開発した、小型の水循環システムです。キャスター付きで持ち運びができ、WOTA BOX本体と、屋外用シャワーテントなどオプションユニットを接続することでシャワー入浴を実現します。また、排水を98%以上再生し循環利用することができるため、100リットルの水で通常2人しかシャワーを浴びられないところを、同量の水で100人浴びることが可能です。
2019年の台風19号で千曲川が氾濫し、数千人の方々が被災した際には、 さまざまな企業・団体との連携により各避難所でWOTA BOX を配備し、シャワーをご提供しました。
WOSHは2020年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大時期に開発した、手洗いに特化した水循環手洗いスタンドです。深紫外線によるスマートフォンの画面除菌装置も兼ねており、下部に備えたタンクの水を浄化して再利用することで、20リットルの水で約500回の手洗いが可能です。
WOTA BOX、WOSHはいずれも活性炭膜や逆浸透(RO)膜など複数のフィルターを備え、ゴミや石鹸の成分はもちろん、細菌やウイルスまで除去した上で、深紫外線と塩素による殺菌消毒を加え、水の再利用を可能にします。上下水道のない場所でも使用でき、また、家庭用の電力レベルで使用できることも利点です。
— 御社では「水不足」「水質汚染」「水道財政の悪化」といった複合的な水の課題への根本的解決方法として、「小規模分散型水循環システムの構築」を掲げられています。
越智 世界人口は増加を続けており、水需要も増え続けています。一方で、地球上に存在する淡水は限られ、簡単に利用することができる河川や湖沼の水は、地球全体の水のわずか0.01%しかありません。2030年には世界人口の40%が水不足に直面するという予測も出ています。
WOTAは「水問題の構造的解決」を事業目的として2014年に設立した、東京大学発の企業です。創業以来、地球上の水資源の偏在・枯渇・汚染によって生じる諸問題の解決のため、生活排水を再生し最大限有効活用する「小規模分散型水循環システム」およびそれを実現する「水処理自律制御技術」を開発してきました。2019年にWOTA BOX、2020年にWOSHを発売しています。事業は大きく2つに分かれており、1つは災害対策事業、もう1つが過疎・水不足対策事業となります。
— 水循環システムによる災害支援は、令和6年元日の能登半島地震ではどのような形で実施されたのですか。
越智 能登半島地震では、大規模な地層のずれにより、半島全域で断水が発生しました。広域で断水の長期化が予想されることがわかったことから、発災当日から石川県と連携し、1月4日から支援をスタートさせ、6日には珠洲市避難所にて支援を開始しました。その時点で最初の大きな揺れから約1週間が経過していましたが、道路は寸断された状態で、金沢を出発して被害がひどかった珠洲市に到着するまで、車で9時間以上かかりました。
到着してみると、各避難所のほとんどで電気が復旧しており、飲用水や食料も各地から届けられていました。しかし、入浴はできません。それだけの水が確保できないことに加え、避難所として使用されている学校には、シャワー施設がないからです。
水道管が破断されて断水した場合、飲料水はペットボトル等の物資支援給水車等で賄うことができますが、生活用水は必要とされる量が段違いに多く、外から運び入れるのは難しいのが現実です。また、生活用水を利用するには「大量の水」のほか、「水を利用するための設備」「排水を処理するための設備」も必要なことから、被災地において生活用水の確保は課題となっています。
— 被災した場合、生活用水はどれくらい必要になるのですか?
越智 飲用水は1人1日3リットルあれば足りますが、シャワーは1回で50リットル、浴槽は200リットルの水を使います。それらを含めた生活用水は1人につき1日300リットルが必要といわれています。避難所でそれだけの水を確保することは難しく、被災者の方々にとっての困りごとの調査で1位、2位に入るのが「体を洗えない」という問題です。能登半島地震でも、1週間以上、入浴ができていない方々が多くいらっしゃいました。
発災当初、WOTA BOXは石川県に1台も配備されていませんでしたが、これまでWOTA BOXやWOSHをご購入いただいた自治体を中心に連絡し、プロダクトを一時的に貸与いただき、石川県に集約しました。加えて、日本財団をはじめさまざまな協力会社のご支援のもと、1月中にWOTA BOXを約100台、WOSHを約200台配備し、能登半島断水地域のほぼ全域カバーを実現しました。
計300台のシステム配備を実現した背景には、避難所の皆様自身による「自律運用モデル」の構築が理由の1つとして挙げられます。WOTA BOX、WOSHはもともと、ユーザーが自身で管理を行えるよう、家庭用プリンターのインク交換並みの簡便さでメンテナンスできるよう設計されています。これまでの被災地でも被災者の方々自身に運用・管理をしていただき、問題なく運用できた実績もあったことから、能登では最初に入った避難所から、「システムの設置はわれわれで行い、使い方についてもレクチャーいたしますので、運用をお願いできますか」とお伝えしました。
最初に実装いただいた中学校では、避難生活を行っていた中学生が、自ら率先してシステムの運用を志願してくださいました。これがモデルケースとなり、市役所の皆様とも連携し配備計画を行い、各避難所へと普及させていきました。
— 御社のサイトを見ると、システムの自律制御のため、センサーやAIなど独自のテクノロジーを採用されているようですね。
越智 WOTA BOXやWOSHは、専門知識を必要とせず、利用者ご自身で運用できるように設計しています。能登半島の災害支援では、ピーク時には150カ所ぐらいでわれわれの小規模分散型水循環システムが運用され、避難所以外でも病院などでは医師や看護師の方々がシステムを運用されていました。最終的には長期断水した避難所80施設のうち84%にあたる67施設に水循環システムを導入、入浴や手洗いを提供することができました。
能登半島での支援を受けて、 2024年6月に発表された政府の「経済財政運営と改革の基本方針2024~賃上げと投資がけん引する成長型経済の実現~(骨太方針2024)」でも、災害時の水循環型シャワー活用について触れられています。
災害時に初めて直面する「生活用水不足」の現実
— ニュースではよく、被災地で自衛隊が運営するお風呂も紹介されています。
越智 自衛隊が運営する入浴施設は、被災者の方々にとって、助けになるものです。ただ、被災地用の入浴設備は数量や運用体制にも限りがあります。
自衛隊の場合、1つの入浴施設を運用するのにおよそ10人の隊員が付いていなくてはなりません。また、水を浄化して浴槽に貯めることはできても、再利用はできないので、一度使ったお湯はそのまま捨てなければならず、運用は重労働なのです。
— そうだったのですね。手洗い専用の「WOSH」は、被災地でどう使われたのですか?
越智 断水した被災地では、トイレを使った後も手洗いができないという問題があります。そうした状況で感染症のまん延を防ぐ手段の1つとして、衛生的な環境を構築する必要があります。WOSHがあれば、断水時でも手洗いすることができますし、能登半島地震においては、断水が解消された金沢市の1.5次避難所でも活用いただきました。避難所で十分な手洗い設備が整っていなかったということで、石川県が導入したものです。ある避難所で、この「WOSH」を設置したら、被災者の方々から拍手が湧き起こったほどでした。
— 突然の自然災害に対応するために、御社として日頃から心掛けていることはありますか?
越智 WOTA BOXのような水循環システムは、大規模災害が起きてから急に用意しようとしても、必要な台数をすぐに生産することはできません。そのため日頃から、全国で配備を進め、有事の際はプロダクトを迅速に集約できる仕組みを構築していければと思っております。企業の方々が、企業版ふるさと納税制度を活用し、自治体にWOTA BOXやWOSHを寄付される動きもみられます。2023年度には寄付により、34自治体にWOTA BOXとWOSHが導入されました。
能登半島地震では、半島全域配備まで1カ月ほどかかってしまいました。これは現地での調整に時間がかかったためです。これらについても事前に準備しておくことができれば、もっと早く支援を行き届かせることができたのではないかと反省しています。
— 政府では「今後、首都直下型地震や南海トラフ地震がいつ発生してもおかしくない」とアナウンスしています。そうした大災害でも、能登半島と同様に、生活用水の不足が起きるでしょうか。
越智 国土交通省のデータで公表されている断水予想から、首都直下型地震や南海トラフ地震などの広域にわたる大災害があった場合、現状では被災者の生活用水の需要には到底、対応できないことがわかります。首都直下型地震であれば、断水の影響は1100万人から1800万人におよび、5週間から6週間は水道が復旧しないものと予想されているのです。
過疎地での水道インフラ更新をめぐる課題
— 御社で開発中の住宅向け「小規模分散型水循環システム」は、WOTA BOX、WOSHとは異なり、日常的に給水を行うインフラシステムとしての利用を想定していると思います。
越智 災害対策事業に加えて取り組みを進めているのが、過疎地域・水不足地域における水問題への対策です。日本はこれまで、河川等から取水した水を大型浄水場で浄化し、上水道を通じて各家庭に届け、家庭から排出される排水は下水道を通じて下水処理場に集め、浄化して河川に戻すという、大規模集合処理型の上下水道システムを構築してきました。1億人を超える国民の99%に浄化した水道水を届けている、数少ない国でもあります。
ただこれらの水道インフラは、戦後、一斉に整備されたもので、今後はその更新に膨大なコストが必要となってきます。人口減少が進む日本において、これから上下水道システムをどのように維持していくかは、重要な課題です。
私たちが開発した住宅向け「小規模分散型水循環システム」は、家庭の排水を浄化して再利用することを基本とし、不足する分は雨水を補給して補います。トイレからの排水も生物処理して再利用するため、浄水場や下水処理場とつなぐ配管に接続せず水利用が可能になります。そのため、配管更新にかかる費用が削減できるため、配管に関わるコストの圧縮が期待できるのです。
— 住宅向けのシステムは、WOTA BOXと、どういった点が違っているのでしょうか?
越智 WOTA BOXの場合は、災害対策を想定し、水の処理を、フィルター(膜)や深紫外線や塩素殺菌のみで行い、時間あたりの給水量を多くしています。
一方、住宅向け「小規模分散型水循環システム」は、フィルター(膜)処理に加えて生物処理を行い、膜の負担を減らすことで、ランニングコストを下げることを意識しています。住宅では、常時水を利用するわけではないため、浄化した水をタンクに貯めておく仕組みとしました。
住宅向けのシステムでは、水の系統を飲用水・生活用水・トイレ用水の3つに分けています。飲用水は雨水を直接処理し、生活用水は循環再生を行い、水道法水道水質基準(51項目)を満たす水質を担保しています。またトイレに関しては、国土交通省「下水処理水の再利用水質基準等マニュアル」の水洗用水の基準を満たす形をとりました。
設計耐用年数はおよそ15年で、内部のフィルターは平均4カ月に1回程度交換することになりますが、一般の方でも簡単に交換できるよう設計されています。
— 将来的に住宅向け「小規模分散型水循環システム」を、人口密度の低い地域の標準的な水インフラとすることをイメージされていますか。
越智 人口密度に応じて、水インフラの状況は異なります。例えば、都市部のように人口密度の高い地域では、老朽化した配管を交換し、これまでどおりの大規模集合処理方式を継続することで問題はない一方、中山間地域や島しょ地域では、これまでと同様のやり方を続けるのは、コスト的に難しいエリアが存在します。
そのため、人口が集中しているエリアではこれまでどおりのシステムを、これから人口減少する地域、またはすでに過疎化が進む地域においては分散化するなど、「大規模集合処理と分散化」のベストミックスによる、合理的な水インフラの構築を目指しています。
住宅向けシステムの配備は、人口減少問題を抱える愛媛県内の3つの市において、一般住民宅で実証実験を継続しており、今年度は、広島県で集落単位での実証実験を行う予定になっています。
日本の場合、水資源が豊富な地域も多く存在します。しかし、過疎地などでは、井戸や湧き水の水源管理を行ってきた住民の方々の高齢化や人口減少が進み、各地で水道配管の延伸要望が出ていますが、どの自治体も財政が厳しい状況です。
水道の配管は、「1km敷くのに1億円」といわれています。下水道管は太く作られており、かつ自然に流れ落ちるよう傾斜をつけて敷設しないといけません。これを掘り返して配管し直すには、大変な時間と費用がかかります。
私は毎週のように多くの過疎地域を訪れていますが、多くの地域で水道にまつわる財政問題を抱えており、人口減少が進む中、水道設備の十分な更新が困難な状況です。
— WOTAの住宅向けシステムは、そうした過疎地域・水不足地域の水問題の解決を目指しているわけですね。
越智 人口密度が低い中山間地域や離島などの島しょ地域の場合、水道配管の更新に1世帯あたり数千万円かかるケースもあります。そうした地域では、1世帯ごとに分散処理するシステムに切り替えることで、トータルコストを削減できると考えています。
水道インフラは、これまでは大型浄水場や下水処理場など大規模集合処理方式の大掛かりな土木建築的なアプローチをとっていました。しかし、WOTAでは「小規模分散化」のやり方で水処理の標準化を行い、システム量産化によりコストを大幅に削減し、拡張スピードを上げる製造業的なアプローチへと転換していきたいと考えています。
—「小規模分散型の水循環」という発想は、エネルギーの地産地消の理念に通じるものがありますね。
越智 おっしゃる通りです。それがよくわかるのが、離島での導入事例でしょう。
島しょ部は、特に水道コストの高さが問題となっている地域が多く存在します。水源のない島しょ部の集落には海底送水管を使って水道水を送っている地域もありますが、その敷設には1kmあたり5億円程度かかっているのです。
送水にこれほどの費用がかかるのであれば、各家庭で使用した水を再利用することを基本に、不足分は雨水で賄うようにし、各世帯に小規模分散型の水処理装置を入れたほうがトータルコストを下げることが期待できます。
— これまで島しょ部で「小規模分散型水循環システム」を導入した事例はありますか。
越智 東京都伊豆諸島の利島村で進行中の、「利島プロジェクト」があります。
利島村では、これまで海水淡水化装置によって水道水を製造してきました。住民に請求する水道料金は1㎥あたり約200円なのに対して、実際に海水から水道水を製造するためには、その14倍の約2800円の費用がかかっています。これには排水処理の費用は含みません。こうした水道にまつわる財政課題を抱える利島村では、WOTAのシステムが備えられた村営住宅が運用されています。設置から1年以上経過しましたが、いまだ補給水としての雨水だけで充足できており、水補給を必要としていません。
目的に純度高く挑む
— 水問題は世界共通の課題と思いますが、その解決に向けて実行されていることはありますか。
越智 WOTAの「小規模分散型水循環システム」は、渇水による水不足や生活排水による水質汚染に悩む国外での水問題の解決も視野に入れています。
日本では上下水道ともに整備されているのが当たり前ですが、世界を見渡せば、そうではない地域もあります。同じアジアでも、インドネシアの下水道普及率は3%程度です。
以前アフリカのケニアを訪ねた弊社代表の前田が言っていたのは、マサイ族も今や4Gでスマートフォンを使い、バッテリーソーラーシステムもあって、ランドクルーザーに乗って移動しているのだけれども、水だけは1時間かけて取りに行き、バケツで水を浴びている状態だそうです。
もし水道システムが、スマホなどの家電や車と並ぶような「製品」になれば、はるかに速いスピードで普及させることが可能になってくるでしょう。
上下水道を普及させたとしても、「水が足りない」という根本的な問題は残りますが、弊社のシステムは水の再生利用が基本ですので、水不足の問題も同時に解決することができるのです。
WOTAでは既に上下水道に依存せず、下水道の敷設を待たずとも設置できる分散型の水再生処理システムを用いたトイレの開発も進めており、これを製品化して発展途上国に広め、各地の住民の衛生状態を改善できればと考えています。
— 海外でも実証実験は行われているのでしょうか。
越智 現地政府の要望を受けて今年6月から実証実験を進めているのが、カリブ海にあるアンティグア・バーブーダという人口10万人ほどの小さな国です。美しい海岸線に囲まれた国なのですが、水の7割近くを海水淡水化で供給しており、その費用がかさむということと、排水処理をしないまま下水を流しているエリアもあり、ビーチの影響も生じています。
この国では政策として毎年500軒の新しい家を建てていますが、そこで使われる電気はソーラーパネルで供給しており、「水も再利用しよう」という計画があるのです。この件はイギリスのウィリアム王子の紹介によるもので、国際協力銀行から融資を得ています。
— 御社として、水の課題への取り組みにおいて大切にしていることはありますか。
越智 大事なのは「手段」ではなく、「目的」に対していかに純度を高めて行動できるかだと思っています。われわれが目指す目的に対して共感が得られないかぎり、いくら手段についての話をしても、自分ごととして受け止めていただきづらい。
そういった考えから、私たちは被災地や過疎地へ行っても、技術の話から始めることはありません。
過疎地の水道網を維持するのは年々困難になっていくと想像しますが、だからといって住民の皆様に移住をお願いするのは、実際に地域の皆様とお話をしていると、すべては難しいと感じています。慣れ親しんだ場所に住み続けたいという方が多いため、それを維持できる方法として、小規模分散型水循環システムの説明をすると、われわれの目的に対して共感してくださり、ご協力してくださいます。また、目的に共感いただいた方々から第三者としてわれわれの取り組みを紹介いただくことで、さらなる案件につながっていくことも多数あります。これからも、目的に対して純度高く向き合い、世界中の水問題の解決に貢献していくことを目指していきます。