防災拠点としてのこども食堂

2024年9月26日 11:00 Vol.89
   
森谷 哲
認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ ディレクター・防災士
Satoshi Moriya
東京都葛飾区出身。地域活動「葛飾会議」を経て、2019年よりむすびえに参画。子どもたちにプログラミングの普及を行う一般社団法人PCN理事、テクノロジー教育と表現教育を実践する一般社団法人ココロエデュケーションラボ代表理事も務める。生まれや経済的な環境に左右されず、子どもたちが主体的になれる未来を目指し、活動を行っている。
   
松島 陽子
特定非営利活動法人U.grandma Japan代表理事
Yoko Matsushima
愛媛県宇和島市出身。平成29年度に防災士取得後、平成30年7月西日本豪雨 災害で地域が被災し、同級生と災害支援として炊き出しや物資支援を行う。その後、食を通したコミュニティ再生としてこども食堂を始める。地域の子どもがいつも笑顔でいられるよう、自分たちにできることはないかと日々の課題に対してできることから活動している。
   
佐甲 かほ子
認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ 防災士
Kahoko Sakoh
宮城県生まれ、埼玉県川口市出身。慶應義塾大学政策・メディア研究科在学 中。高校時代にボランティア部に所属し、地域の清掃活動やこども食堂のボランティア活動、気仙沼高校との交流会などに参加。「つながり」と「防災」の親和性を感じ、大学では自然災害に関するリスク・コミュニケーションの研究を行う。2020年よりむすびえに参画。

災害時に必要とされる防災拠点。地域の防災力強化につなげる試みのひとつとして、こども食堂が果たす役割は少なくない。多くのこども食堂は、子どもを中心に幅広い世代の人たちが食を通じて交流する「みんなの居場所」となっており、地域のにぎわいづくりや高齢者の生きがいづくり、孤独・孤立や貧困などの課題の改善にも寄与している。国や企業、個人とも連携をしながら、地域を中心とするネットワークを作り上げることで防災力の強化に取り組んでいる、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえの取り組みについてお話をおうかがいする。
text: AD STUDIES photograph: Masahiro Heguri

 
 
 
 

こども食堂の支援を行うむすびえ

— 認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ(以下、むすびえ)は全国のこども食堂ネットワークの支援を行っています。まずは設立の経緯から教えていただけますか。

森谷 むすびえは2018年12月に設立しましたが、その前の2016年から約2年かけて「広がれ、こども食堂の輪!全国ツアー」という活動を行っていました。

この活動を通じて、さまざまな課題が共有されました。こども食堂の運営者同士のネットワークの構築や、支援をする受け皿が必要だとみなさんが強く感じ、それを解決するためにむすびえが立ち上がったのです。

活動を進める中で、多くの地域でこども食堂の運営者や企業の方々にお会いしました。そこで、こども食堂を運営する上での事務手続きの煩雑さや、企業からもこども食堂にどうやって寄付をしたらいいか、といった困りごとをおうかがいすることができました。そういった課題に対して、解決に結び付けられるようなさまざまな支援活動を行っています。

— 具体的に、全国のこども食堂に対して、どういった支援活動をされているのでしょうか。

森谷 主に3つの大きな活動の柱を掲げています。

1つ目は地域ネットワーク支援事業です。これは、私たちが直接こども食堂を支援するのではなく、各地域、都道府県単位でのネットワークをつくり、その地域内での連携を模索することで、地域のエコシステムの強化を目指してもらうことを目標としています。

具体的には、各地域でこども食堂を支援する地域ネットワーク団体(中間支援組織)がより活動しやすくなるための後押しとして、こども食堂で起こった出来事を共有するワークショップの開催や、こども食堂が災害に備えられるよう継続して防災セミナーを開催しています。

2つ目は企業・団体との協働事業です。こども食堂を応援したいと考えてくれている企業や団体との連携を通じて、寄付金や物資の仲介、子どもたちにさまざまな体験を届けるプログラムの作成などを行っています。

最近では、企業の社員がプロボノとして現場に出向くためのコーディネートも行っています。こども食堂の運営支援から、企業のリソースを活用して、食材の提供や調理をサポートすることもあります。

3つ目は調査・研究事業です。むすびえは、こども食堂が社会の「あたりまえ」となることを目指しています。

具体的には、地域ネットワーク団体の協力を得て47都道府県にいくつのこども食堂があるのかを調べて公表しています。学区内にあるこども食堂の数も調べ、私たちはそれを「充足率」と言っているのですが、充足状況についてのデータの可視化も行っています。

また、地域ごとのこども食堂の需要を分析し、必要な支援を適切に提供するための計画を立てるという、マーケティング活動のようなことも行っています。

— むすびえのウェブサイトを拝見しただけでも、いくつものプロジェクトが同時に進行しています。スタッフは何名ぐらいいらっしゃいますか。

森谷 ボランティアも含めると約200人が関わっていて、フルタイムのメンバーもいれば、月に数時間だけ関わっている方もいます。学生をはじめ、みんなが参画しやすいよう、多様な働き方を取り入れています。現在、正職員は40人で、特にこの1年で急増しました。私たちの活動が広がるにつれて多くの人手が必要となってきています。

また、今日同席されている松島さんは、愛媛県宇和島市から来ていただきました。松島さんは実際に宇和島市でこども食堂を運営しながら、市をはじめ、県でのこども食堂のネットワーク構築を担当し、また、むすびえのお手伝いもしてもらっています。

   
今年6月、都内で開かれた「自治体・公共Week 2024」に出展し、こども食堂に関す
る取り組みの現状と今後の可能性を発信した
 
 
 
 

こども食堂がつくりだす第三の居場所

— こども食堂というと、ニュースなどで名前を聞くものの、馴染みのない方も少なくないと思います。こども食堂の特徴について教えてください。

森谷 こども食堂の始まりは、当時歯科衛生士だった近藤博子さんという方が、朝ごはんや晩ごはんを当たり前に食べられない子どもの存在を知り、2012年に東京都大田区の「気まぐれ八百屋だんだん」で始めた「だんだんこども食堂」といわれています。

利用者層も、貧困家庭に限定するものではなかったそうで、現在では、多くのこども食堂が「どなたでもどうぞ」と広く門戸を開けています。このため子どもたちだけでなく、高齢者や地域の住民も分け隔てなく利用が可能なところが多いのです。

また、食事の提供だけではなく、学習支援や遊びの場を提供しているこども食堂もあります。これらからもこども食堂は、その地域の多世代の交流拠点として重要な役割を果たすと考えています。

松島 私は宇和島市でこども食堂の運営に携わっていますが、そこでは、ファミリーホームや学校と連携し、今ではこども食堂を利用していた子たちがボランティアに来てくれるようになったりもしています。子どもたちが大人と関わることができ、地域活動に参加できる機会を得ることも、こども食堂の役目だと感じています。

— 多世代の交流拠点、という役割は新鮮に感じられます。皆さんはどういった経緯でむすびえに参画されたのでしょうか?

森谷 私はもともと葛飾区で地域活動をしていました。2016年の熊本地震が発生した頃で、遠隔での被災地支援を通して、「日ごろから地域とのつながりを大切にすることが防災につながる」と感じました。

葛飾区での活動は、大人たちの交流会といったものでしたので、地域の子どもや子育て世帯とのつながりが大切ではないかと考え、子どもの居場所をつくろうと考えたのです。それで、こども食堂のようなことを始めた後に、知人の紹介でむすびえに参加しました。

佐甲 私は高校生の頃、新聞記事で子どもの貧困問題があることを知りました。

私自身の経験もあるかもしれませんが、家庭の問題には貧困だけでなく、さまざまな要因があります。子どもは家庭環境を選べません。子どもたちの状況を何とかしたいと考え、たどり着いたのがこども食堂です。

子どもは家庭や学校だけでなく、住んでいる地域も選べないかもしれません。ただ、その地域のどこかに、自分の居場所を探して、そこに行く選択をすることは可能だと思います。

その選択ができるというのは、子どもにとって希望になると思います。「家庭でも学校でもない、第三の居場所がある」ということが、プラスに働くことを願っています。

松島 私はもともとPTAの会長として「子どもたちを笑顔にしよう」という活動をしていたのですが、当時は子どもの貧困という問題が見えていませんでした。

しかしある日、身近にネグレクトを受けている子がいると知りました。そこから、PTA活動だけでは見えてこない問題にしっかり向き合おうと考え、こども食堂の運営にたどり着いたのです。

— コロナ禍においては、その影響を、どの位受けたのでしょうか。

森谷 コロナ禍の自粛ムードにあっても、活動を継続したこども食堂が数多くありました。食材の配布や、感染予防のために配膳からお弁当に切り替えたりするなど、さまざまな工夫で乗りきっていました。コロナ禍だからこそ、地域のつながり、日ごろのつながりの大切さに気づけたこともあったと思います。

実際にコロナ禍でもこども食堂は年間約1,000カ所ずつ増えていきました。そういった地域のための活動を継続するこども食堂という存在がより社会で目立つようになり、たくさんの企業からお声がけをいただきました。

また、公の場でお話をしていくことでお問い合わせも継続的に増え、いい相乗効果が生まれていると感じています。

   
2023年度の調査によると、全国のこども食堂の数は9,132カ所
   
子どもたちにとっては家庭、学校と並ぶ「第三の居場所」であり、食事の支援のみならず、学習サポートの場や、地域住民とのコミュニケーションの場としても機能している
 
 
 
 

こども食堂と防災の親和性

— こども食堂と防災とのつながりは、薄いようにも感じられます。なぜこういった活動を始めたのでしょうか。

森谷 こども食堂で防災活動を始めた背景は、まず、こども食堂が日常的に地域とつながっているという点に着目したからです。さまざまな世代の人たちが集う、多世代の交流拠点として、継続的なボランティア活動が行われています。

また、食事を提供するための衛生管理をしっかりと踏まえたうえで、大量調理を行っている点も、防災との親和性が非常に高いと思っています。

このように、こども食堂が防災拠点になることで、地域の防災力を高め、安心かつ安全な暮らしづくりにつながるのではないかと考えたのです。

松島 2018年7月の西日本豪雨災害では、宇和島市で小学生を含む13名もの命が奪われました。その災害の場で炊き出しをしていた方たちがそろって、翌年の4月に宇和島市でネットワークを最初から立ち上げてこども食堂を始めたのです。支援を行っていく中で、コミュニティでのつながりの大切さを痛感しました。

その後、9月にむすびえが「こども食堂防災拠点化プロジェクト」を立ち上げる際に、理事長の湯浅誠さんが宇和島に講演に来て、そこでお話しさせていただいたことをきっかけにむすびえの活動に参加させていただくことになりました。

「いつもやっていることが、もしもにつながる」と、こども食堂と防災の親和性を常々感じています。今年の能登半島地震でもこども食堂が大きな役割を果たし、行政の方にも重要性を感じていただいたと思います。

災害時は立場の弱い方々から、より大変な状況に陥ってしまいます。「食」を通して、こども食堂がもっと支援できることがあるのではないか、と思っています。

— 2019年から実施されている「こども食堂防災拠点化プロジェクト」ですが、反響はいかがでしょうか。

森谷 「こども食堂防災拠点化プロジェクト」の一環として、小冊子「こども食堂防災マニュアル」を2020年にリリース以降、メディアの反響が大きく、テレビなどでも紹介されました。

内閣府の国土強靭化の事例としても紹介され、これまでの子ども家庭課や福祉課の領域だけでなく、危機管理という面で、こども食堂と防災がつながったのは良かったと感じています。

2022年からは、無償で防災マニュアルを活用して座学と防災訓練をセットにした「こども食堂向け防災研修」を行っています。現場の方々からも好評の声をたくさんいただき、こども食堂に関連している方々の防災意識が高まっていくのを実感しています。

「ぼうさいこくたい」への参加やJVOAD(全国災害ボランティア支援団体ネットワーク)のフォーラムにも呼んでいただくなど、災害支援の領域の方々からもお声がけをいただくようになりました。

松島 当初、こども食堂の活動が防災とつながるということに驚く方も多くいました。しかし研修を進める中で、地震や火事、豪雨といった自然災害に対してだけでなく、
普段の怪我といった日常の危機管理への意識も高まったと感じています。

防災マニュアルに書かれていますが、災害時にスマートフォンが使えない場合、公衆電話を活用することも覚えていただくほうが良いでしょう。災害時には混乱してしまうので、事前に知識として定着させておくことが大切です。

私自身、こども食堂で日常の危機管理の大切さを再認識することで、運営者として人の命を預かっているという意識を持っていなければいけないと改めて気づきました。

佐甲 こども食堂に関わる皆さんは、子どもたちの命を預かっているという責任感をしっかり持っているからこそ、運営を継続するにあたって不安な部分もあると思います。

防災研修を通じて、「子どもたちを守り、地域の防災力を高める」といったこども食堂と防災との親和性を具体的にお伝えすると、「今までなんで気づかなかったのだろう」と、すごく納得され、共感いただけることが多いと感じています。

 
 
 
 

防災意識の高まり

— 防災研修で活用されている「こども食堂防災マニュアル」はどのように生まれたのでしょうか。

森谷 きっかけは防災についての共通の指標が必要だと考えたことです。散発的な研修だけでは記憶に残りにくいですからね。そこで、共通認識として手元に「防災のマニュアルがある」という意識付けが大切だと考えました。

制作にあたって大事にしたポイントがあります。

このマニュアルの利用者はこども食堂の方々で、いわゆる防災のプロではありません。ですので、できるだけ現場に即したものにしたいという想いがありました。「マニュアルに掲載されているもの全てを実施しましょう!」ではなく、できることからやっていきましょう、と。

もちろんマニュアルをつくっていく中で、たくさんの専門家の方にもご協力いただきましたので、その内容は大切にお伝えしています。

他にも、地域によって異なる事情を抱えている、という点も意識しました。例えば「地域特性を知ろう」というチェックシートには、「ため池がある」という項目も入れています。都内の方にはあまり馴染みがないと思いますが、自然災害によるため池の決壊や、人的災害が起こっている地域もあります。

さらに近年、未曾有の自然災害も起きており、今後もマニュアルのアップデートを継続していきたいと考えています。

— こども食堂防災拠点化プロジェクトの活動が広まっていくことで、組織としての意識に変化はありましたか。

森谷 むすびえのメンバーでは、防災士の資格を取った方が増え、防災意識の高まりを感じています。能登半島地震の際も、すぐに組織的な支援活動ができるようになってきたと実感しています。

また、こども食堂のプロジェクトの内容も広がりました。例えば、今までであれば「食中毒を出さない」といったことが重視されてきましたが、最近は、防災だったり、子どもの権利を守る「セーフガーディング」を意識した複数のプロジェクトが動き出しており、組織的に視野が広がったかもしれません。

— 組織的な視野が広がったことで、活動の幅も広がったのですね。

森谷 そうですね。さまざまな活動が認められるようになり、災害支援のプロの方たちから、セミナーなどにお声がけいただけるようになったのは、大きな一歩だと感じています。

また、JANPIA(日本民間公益活動連携機構)という、休眠預金を活用して社会課題の解決を目指している団体からは、「防災をテーマにしたパネルディスカッションを開催するので、防災の話をメインで登壇してくれないか」という問い合わせをいただくなど、むすびえの防災活動が少しずつ社会的にご理解いただけてきていると感じています。

— 社会的な防災意識もどんどん変わってきている印象でしょうか。

森谷 そうですね。国内の度重なる自然災害により、皆さんの防災意識は高まっていると思います。私たちが防災研修を行う際には、こども食堂の運営者だけでなく、地域の防災に興味がある方や、自治会の担当者がいらっしゃる時もあります。参加された方たちとイベント後にお話しすると、「こども食堂と防災がこんなにつながっているのか。これなら自分たちもできるかも」と、納得して帰られる方が多くいらっしゃいます。

「防災やるぞ!」と意気込むものの何から手を付けたらいいのかわからないという方に対し、「こども食堂から始めたらどうでしょうか」とお伝えすると、「それならできるかも」と、心理的なハードルが下がった例もありました。

   
小冊子は2020年にリリース。メディアでも大きく取り上げられ、こども食堂の防災拠点としての認知度が高まった
   

   
地域住民を対象に防災研修も定期的に行い、災害への備えや避難行動などについて、正確な情報を伝え続けている
 
 
 
 

こども食堂で生まれるコミュニケーション

— 被災地での炊き出しについておうかがいします。現地で活動するからこそ、感じ取れたことはありますか。

松島 能登半島地震の際、私は七尾市と輪島市を2回訪れました。被災地の方たちとお話ししてみると、発生から1カ月の食事はごはんやパンなどで、肉や野菜は全然食べていないという方もいらっしゃいました。その後、朝や夜の食事としてお弁当が出るようになりましたが、「やっぱり温かいものが食べたい」という声もありました。何カ月もその生活が続くと健康を害してしまいますよね。

実際に炊き出しをして、食べている方たちの顔を見ると、温かいご飯、おいしいご飯には、人の心を癒やす力があるのだなと思いました。そこで2回目の訪問時に、私の地元からおいしいものを持って行き、100食つくったところ、大変喜ばれました。愛媛のおいしいものといえば鯛が有名なので、珠洲市には鯛の缶詰をお送りしました。

被災地の方に、「自分たちのことを気遣ってくれる人がたくさんいる」と実感いただけたので、被災地の方たちとのコミュニケーションが深まり、いま何が必要なのか、してほしいことがあるか、などの困りごとを聞くことができました。

そうしたことの積み重ねで、こちらも「また行こう」という気持ちになり、また行くと、被災者の方たちの顔が元気になっている。そこで、ますます私たちができることをしたいな、と思います。宇和島市から11時間もかかるんですけどね(笑)。

森谷 私も2月に避難所の炊き出しのお手伝いをしました。3月から6月にかけては「出張こども食堂」として、石川県の複数の自治体を回りました。

被災地での炊き出しでは、通常、食事を提供するところで終わってしまいます。ですから食事を受け取った方はパーソナルな空間で食べることが多いんです。でも、こども食堂の場合は、食事を提供するだけでなく、一緒に食べる場所や人々が滞在し、交流する場所を意識して会場をつくります。お互いの顔を見ながら、子どもたちだけではなく、親たちを含め、みんなが安心できる場所をつくりだすことができます。

そうすることで、自然にコミュニケーションが生まれます。被災者同士で話す時間ができ、私たちも、みなさんの困りごとなどをおうかがいすることができます。地域や状況を問わず、コミュニケーションと、安心できる場所をつくりだせることがこども食堂の強みだと感じています。

— 被災地での安心できる居場所というのは大切だと思いました。こども食堂には、利用者の心のケアという役割もあると思いますが。

松島 こども食堂に来た方が、料理を食べて笑顔になると、私たちも癒やされます。初めは難しい顔をされていた方たちも、一緒に食事をし、何かを共有することで、お互いがハッピーな関係になれる気がしています。

被災地では、炊き出し以外にも、清掃や工事作業など、支援ボランティアの方々がたくさんいらっしゃいます。実は、そういった方々は、被災地で十分な食事をとることは非常に難しいのです。ですので、私たちは、1日目は被災者の方たちに、2日目は支援者の方々を中心に炊き出しを行いました。

そこには、「ボランティアの方たちの活躍が、いち早く復興につながってほしい」という願いがあります。被災者の方と、復興を手伝いに来た方の両方を支援していくことが、私たちこども食堂の役割だと考えています。

— こども食堂と防災について今後のビジョンを教えてください。

松島 私はこども食堂を運営している立場として、むすびえが、全国のこども食堂をつなぐLINEオープンチャット「こども食堂防災オープンチャット」をつくってくださったことに大変感謝しています。防災に関する情報をお互いに交換するなど、全国9,000カ所以上のこども食堂で、違う地域同士での協力や連携が可能になったことが、非常にありがたいと思っています。

災害が起こると、その地域だけではどうにもできないことが多く発生してしまいます。そういう時に、全国とつながっているということで安心感を得られます。メンバーの中には防災に特化した事業者や、防災意識が高い方々もいて、みんなで協力しようという風土ができあがってきているので、今後も広めていきたいです。

このように、防災拠点化促進事業に関する活動でつながりをつくっていくことこそ、むすびえの「結び」ですね。中間支援組織だからこそ、できている活動だと思っています。

森谷 むすびえの事業として、これからも、こども食堂の数を増やしていきたいですね。

佐甲も触れていましたが、利用者がこども食堂を選べる環境になることを目指しています。

現在は、全国のこども食堂の数を2万カ所に増やすことを掲げています。まずは「各小学校の学区に1つずつ」からです。子どもたちが歩いていけるような場所にこども食堂があって、その先に「今日はここで、明日はあっちに行こう」と、本人に合ったこども食堂の選択ができるようにしていくことが大事だと思います。

さらに、こども食堂だけでなく、地域活動をする方たちがどんどん増え、みんなが、それに参加しようと思える環境をつくるのも私たちのミッションです。

平時、有事にかかわらず、人々が協力して活動することで、みんなで未来を守る助け合いが、豊かな社会につながると思っています。

   
こども食堂が行った炊き出しの様子。今年1月の能登半島地震では各地のこども食堂
が連携し、避難所の炊き出し支援などを行った

特定非営利活動法人全国こども食堂支援センター・むすびえ

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